
2009.02.24 Tuesday
情報消化力
今日は朝から夕方までチューリヒ市内のオフィスで会議でした。当初結構たやすく考えていたのですが、けっこく内容が重たく、疲れましたが成功裏に終わったので、ここスイスまで来てやっと一つハードルをクリアできたかなぁ・・って感じです。

会議はランチをはさんでの会議で、素敵なランチ自体ももちろん楽しんだのですが、僕がこの会議自体よりも、ランチの時間に、この会議相手の方々に絶対に今だからこそ尋ねてみたいことが2つありました。
ランチョンも素敵な場所に招待していただきました
お料理もゲルマン系の皆さんのレストランにしては手の凝った美味しいお食事を出されるとこでしたよ!
このスイスでの会議の相手は、世界中で2万4千店の加盟花店を有するワイヤーサービス(花の遠隔地お届けのシステム)の会社で年商だいたい日本円で一千億円規模くらいなのですが、このご時世でも営業的にも財務的にも非常に好調な会社なのです。昼食はその会長であるスウェーデン人の方とスイス人であるCEOの方もう一人役員のスイス人の方とあとは事務局職員で国際取引担当の女性の方ら4名との会食だったのです。
その僕の2つの質問とは、まずヨーロッパベースの企業経営者としてアメリカ金融経済が今後どのようになっていくと思うか?ということともう一つはスイス国内、あるいはスゥエーデン国内での実体経済の状況はどうか?ということを、どうしても彼らの生の声で聞きたかったのです。
すると二人は異口同音に、アメリカ型金融経済はたしかに終焉を迎えただろうが、あまりにもいろいろな要素が絡んでおり、今後の具体的な展開は現時点のところ、まだ誰も予想ができないだろうということでした。
そしてもう一つの質問に対しては、ヨーロッパにおいてはアイスランドのようなごく一部の国を除いたらアメリカ型の金融経済にはあまり関わりなく実体経済に生きて来ているという実感があるので、スイスの場合は日本と似ていて、確かに輸出に関する環境が厳しくなるが、それでもスイスにおいてもスゥエーデンにおいても国内的にはそれほど影響はないと思われる、というのです。
ずいぶんと日本のメディアで伝えられている暗すぎる状況と違うような気がしませんか?
(全く不況を感じさせない活気あるチューリヒの街)
僕は思うのですが、情報というのは、聞く人、聞き方そして聞く相手によって違ってくるけど、「情報の本質」というのはそれを受け取る人がどれだけの関わる知識と分析力を持ってどう行動するかによって、変化するのだということを知ることにあると思うのです。どうですか?これも僕のあまりにも独創的で勝手な考え方でしょうか?
現象的にたとえれば、不景気だとか不景気になるぞと人から聞いて「じゃ今の時代努力しても無駄だ」とある会社が感じている間に、どこからかあらわれたニッチ(隙間)の企業が、既存の会社を凌駕するなんてことは良くあるわけですものね。
情報は生ものなので、特に地方自治体などは東京スルーだったり、共同通信などの情報を読んで皆で「そうだそうだ」と納得した気分になる前に、自分の耳や目で確かめるという作業が必要だということと、使える情報を新鮮な生もののまま渡してもらえるそれなりの立場の人との信頼関係を築くことが日頃から大切ということなのでしょうね。僕の場合は、自分の努力でも力でもなんでもなく協会自体が持っていたネットワークなのであしからず・・もうひとつ、僕は偉そうなことを言いながら自分では情報消化力も行動力もなく、おまけにこっちについてから「チョ・ゲリバラ」だし、自分のことは完全に棚にあげての話ですからね!

しかしたとえば、鹿児島の未来を担う議員さんたちも公費を使ってワイワイ団体親睦旅行に行くのではなく、出来るだけ少人数で、出来れば一人で何かを感じてくるようなそういう視察旅行をしてこれる勇気と自立した考えを持たなければ(失礼、中にはちゃんとそういう議員さんがいるということも知っておりますので)、地方にとって大切な情報はいつも「冷凍」状態で東京からしか持ってこれないような、使い古しのものしか手にできないかもしれませんね・・・
言っておきますがこの場合、言葉の問題は全然本質ではありませんからね、だって現地通訳なんていくらでもいますからね!要は地方議員として、独自の地域経営哲学を確立できているかどうかだと思います。

会議はランチをはさんでの会議で、素敵なランチ自体ももちろん楽しんだのですが、僕がこの会議自体よりも、ランチの時間に、この会議相手の方々に絶対に今だからこそ尋ねてみたいことが2つありました。
ランチョンも素敵な場所に招待していただきました
お料理もゲルマン系の皆さんのレストランにしては手の凝った美味しいお食事を出されるとこでしたよ!
このスイスでの会議の相手は、世界中で2万4千店の加盟花店を有するワイヤーサービス(花の遠隔地お届けのシステム)の会社で年商だいたい日本円で一千億円規模くらいなのですが、このご時世でも営業的にも財務的にも非常に好調な会社なのです。昼食はその会長であるスウェーデン人の方とスイス人であるCEOの方もう一人役員のスイス人の方とあとは事務局職員で国際取引担当の女性の方ら4名との会食だったのです。
その僕の2つの質問とは、まずヨーロッパベースの企業経営者としてアメリカ金融経済が今後どのようになっていくと思うか?ということともう一つはスイス国内、あるいはスゥエーデン国内での実体経済の状況はどうか?ということを、どうしても彼らの生の声で聞きたかったのです。
すると二人は異口同音に、アメリカ型金融経済はたしかに終焉を迎えただろうが、あまりにもいろいろな要素が絡んでおり、今後の具体的な展開は現時点のところ、まだ誰も予想ができないだろうということでした。
そしてもう一つの質問に対しては、ヨーロッパにおいてはアイスランドのようなごく一部の国を除いたらアメリカ型の金融経済にはあまり関わりなく実体経済に生きて来ているという実感があるので、スイスの場合は日本と似ていて、確かに輸出に関する環境が厳しくなるが、それでもスイスにおいてもスゥエーデンにおいても国内的にはそれほど影響はないと思われる、というのです。
ずいぶんと日本のメディアで伝えられている暗すぎる状況と違うような気がしませんか?
(全く不況を感じさせない活気あるチューリヒの街)
僕は思うのですが、情報というのは、聞く人、聞き方そして聞く相手によって違ってくるけど、「情報の本質」というのはそれを受け取る人がどれだけの関わる知識と分析力を持ってどう行動するかによって、変化するのだということを知ることにあると思うのです。どうですか?これも僕のあまりにも独創的で勝手な考え方でしょうか?
現象的にたとえれば、不景気だとか不景気になるぞと人から聞いて「じゃ今の時代努力しても無駄だ」とある会社が感じている間に、どこからかあらわれたニッチ(隙間)の企業が、既存の会社を凌駕するなんてことは良くあるわけですものね。
情報は生ものなので、特に地方自治体などは東京スルーだったり、共同通信などの情報を読んで皆で「そうだそうだ」と納得した気分になる前に、自分の耳や目で確かめるという作業が必要だということと、使える情報を新鮮な生もののまま渡してもらえるそれなりの立場の人との信頼関係を築くことが日頃から大切ということなのでしょうね。僕の場合は、自分の努力でも力でもなんでもなく協会自体が持っていたネットワークなのであしからず・・もうひとつ、僕は偉そうなことを言いながら自分では情報消化力も行動力もなく、おまけにこっちについてから「チョ・ゲリバラ」だし、自分のことは完全に棚にあげての話ですからね!

しかしたとえば、鹿児島の未来を担う議員さんたちも公費を使ってワイワイ団体親睦旅行に行くのではなく、出来るだけ少人数で、出来れば一人で何かを感じてくるようなそういう視察旅行をしてこれる勇気と自立した考えを持たなければ(失礼、中にはちゃんとそういう議員さんがいるということも知っておりますので)、地方にとって大切な情報はいつも「冷凍」状態で東京からしか持ってこれないような、使い古しのものしか手にできないかもしれませんね・・・
言っておきますがこの場合、言葉の問題は全然本質ではありませんからね、だって現地通訳なんていくらでもいますからね!要は地方議員として、独自の地域経営哲学を確立できているかどうかだと思います。
