
2009.02.03 Tuesday
魂のエール
札幌開成高校出身で、慶応義塾大学の昭和44年応援指導部、佐藤光也リーダー長(団長)は僕がもっとも尊敬し、愛する大先輩の一人です。
そして、先輩の経営される黒豚専門店「あぢもり」は薩摩黒豚を最初にこの世にデビューさせ、地元でも最上級の黒豚のみを扱われているまさに鹿児島の顔のお店と言えるでしょう。

佐藤先輩は慶応大学時代に鹿児島出身の今の奥様と東京でお知り合いになられ、まさに「薩摩おごじょ」に魅了され、遠く北海道から鹿児島に移り住んでこられた方です。
当時の奥様のご実家であった「あぢもり食堂」を引き継がれ、その当時誰も知らなかった「薩摩の黒豚」を、今までちょうど30年間の長きにわたり応援し続けてきた方です。
だれがなんと言おうと「あぢもり」の佐藤先輩は、当時、誰も知らなかった「薩摩黒豚」とその生産者の皆さんを、最初から(今でも変わらずずっと)一番応援し続けてきた、唯一最高の理解者で最高の応援団であるということは、地元の人なら誰でも知っています。
そんな佐藤先輩が20年近く前に、交通事故に遭われ、生死をさまよわれたことがありました。幸い不屈の精神と肉体を持って怪我を克服されたのですが、先輩がずいぶん後になって教えてくださったのですが、その後も、もう一つの後遺症が残っていたのです。
それはその事故の際に壊れてしまった「声帯」のことでした。かつて応援指導部OBとして当然のようにさまざまな折に素晴らしいエールをきられ、その雄姿は、僕にとっても自分では絶対になりえないヒーローの姿としてこの眼に焼き付いていました。

(昭和44年当時の先輩のいた頃の慶應義塾応援指導部リーダーの面々の貴重な写真)
そして昨日、鹿児島県下の慶応義塾OB会である「鹿児島三田会」の新年会が開催され、なんと最近、東海大学の声帯専門医として名高い女医先生の手術を受けられたという、佐藤先輩の報告と、同時に「魂のエール」の復活を目の当たりにしたのです。
僕はうれしくてうれしくて、先輩のリードで応援歌「若き血」を歌う間、涙を隠すのに必死でした。肩を組み、大声で応援歌を歌った皆、心なしか涙目で、先輩のエールの後も歓喜の掛け声が収まりませんでした。

前にも、このブログで書きましたが、僕の同期の応援指導部「浜田君」もそうですが、少なくとも応援団のメンバーは何の競技においても、そしてどんなに自陣が形勢不利でも、逃げずに最後まで応援し続けてきたというその自信と魂が、いつでもその場の人々の心を一つにまとめられるのだと確信するのです。
(塾旗旗手長にも、ものすごい魂のドラマがあるのですよ!)
普通、応援団長というと圧倒的な迫力と腕力で後輩をしごきあげる・・みたいなイメージが強いかもしれませんが、この佐藤先輩は実に後輩思いで、我々のことをいつも思いやってくれてますし、公私にわたり面倒見も素晴らしくいいのです。
多分本当に「強い人」は強さに加えて人の痛みや悲しみを解り、そして心を読める、そういう人が本当の強い人なのかもしれませんね。
そんな、根性とハートの佐藤先輩が「黒豚」にエールを送り続けられるように、僕は遠い異国から薩摩の地にやってきてくださった佐藤先輩に、これからもずっとエールを送り続けたいと思うのです。
そして、先輩の経営される黒豚専門店「あぢもり」は薩摩黒豚を最初にこの世にデビューさせ、地元でも最上級の黒豚のみを扱われているまさに鹿児島の顔のお店と言えるでしょう。

佐藤先輩は慶応大学時代に鹿児島出身の今の奥様と東京でお知り合いになられ、まさに「薩摩おごじょ」に魅了され、遠く北海道から鹿児島に移り住んでこられた方です。
当時の奥様のご実家であった「あぢもり食堂」を引き継がれ、その当時誰も知らなかった「薩摩の黒豚」を、今までちょうど30年間の長きにわたり応援し続けてきた方です。
だれがなんと言おうと「あぢもり」の佐藤先輩は、当時、誰も知らなかった「薩摩黒豚」とその生産者の皆さんを、最初から(今でも変わらずずっと)一番応援し続けてきた、唯一最高の理解者で最高の応援団であるということは、地元の人なら誰でも知っています。
そんな佐藤先輩が20年近く前に、交通事故に遭われ、生死をさまよわれたことがありました。幸い不屈の精神と肉体を持って怪我を克服されたのですが、先輩がずいぶん後になって教えてくださったのですが、その後も、もう一つの後遺症が残っていたのです。
それはその事故の際に壊れてしまった「声帯」のことでした。かつて応援指導部OBとして当然のようにさまざまな折に素晴らしいエールをきられ、その雄姿は、僕にとっても自分では絶対になりえないヒーローの姿としてこの眼に焼き付いていました。

(昭和44年当時の先輩のいた頃の慶應義塾応援指導部リーダーの面々の貴重な写真)
そして昨日、鹿児島県下の慶応義塾OB会である「鹿児島三田会」の新年会が開催され、なんと最近、東海大学の声帯専門医として名高い女医先生の手術を受けられたという、佐藤先輩の報告と、同時に「魂のエール」の復活を目の当たりにしたのです。
僕はうれしくてうれしくて、先輩のリードで応援歌「若き血」を歌う間、涙を隠すのに必死でした。肩を組み、大声で応援歌を歌った皆、心なしか涙目で、先輩のエールの後も歓喜の掛け声が収まりませんでした。

前にも、このブログで書きましたが、僕の同期の応援指導部「浜田君」もそうですが、少なくとも応援団のメンバーは何の競技においても、そしてどんなに自陣が形勢不利でも、逃げずに最後まで応援し続けてきたというその自信と魂が、いつでもその場の人々の心を一つにまとめられるのだと確信するのです。
(塾旗旗手長にも、ものすごい魂のドラマがあるのですよ!)普通、応援団長というと圧倒的な迫力と腕力で後輩をしごきあげる・・みたいなイメージが強いかもしれませんが、この佐藤先輩は実に後輩思いで、我々のことをいつも思いやってくれてますし、公私にわたり面倒見も素晴らしくいいのです。
多分本当に「強い人」は強さに加えて人の痛みや悲しみを解り、そして心を読める、そういう人が本当の強い人なのかもしれませんね。
そんな、根性とハートの佐藤先輩が「黒豚」にエールを送り続けられるように、僕は遠い異国から薩摩の地にやってきてくださった佐藤先輩に、これからもずっとエールを送り続けたいと思うのです。
