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100年目の第九
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    先の10月7日日曜日の夜は今年の「鹿児島県民第九合唱団」の結団式の日でした!!

     

    実は僕ちゃんここ2年間この県民第九の合唱をサボっていたのですが、改めて今年また初心に返って再びこの「An die Freude:歓喜の歌」の合唱をしたいと思った理由が2つあるのです

    まず最初の理由は、今年が日本で初めてベートーベンのこの「第九交響曲」が演奏されてちょうど100年であるということ

     

    日本において「第九」が初演奏されたのは第一世界大戦真っ只中の1918年、当時の日本軍は青島(チンタオ)を攻略し5000人近くのドイツ人兵士を捕虜とし、そのうちの1000名が現在の徳島県鳴門市に作られた「坂東俘虜(ふりょ)収容所」に送られ、終戦までをすごしたのです

     

    この収容所の所長を務めた「松江豊寿(まつえ・とよひさ)」氏はすべての捕虜たちを「彼らも祖国のために命をかけて戦った人間である」として、人道に照らし彼らの人権も日本人と全く同じように尊重して現地の住民とここの捕虜ドイツ人の間の交流をも促進させたのでした

     

    その結果、このドイツ人捕虜の皆さんによって結成されたオーケストラによって1918年6月1日に鳴門市で日本で初めての第九演奏が行われたのです

     

    当然松江豊寿氏のその武士道精神はドイツ人をその孫の代に至るまで心を捉え、そしてその後100年を迎える鳴門市の人々とドイツ各地に帰った捕虜の末裔の方々との交流も3世代に渡り続いており、現在も両国の架け橋となっている...素晴らしい話ですよね

    そして2年サボった僕ちゃんが今年「鹿児島県民第九」に参加したいと思ったもう一つの理由は、ソリストの「平田由希」さん...数年前に亡くなられたお父様は、僕ちゃんの玉龍の一つ先輩(お父様は全国大会で何度も活躍している玉龍合唱部OBです)

     

    そして島津重富荘の立ち上がりのときからずーっと面倒をみてくださり、清川オーナーとともにまからずやのブライダルフラワーを育てていただいた方でした

     

    そうそう、この感じ!!この練習場に来ると絶対にスイッチが入ってしまうのです、2年あいて帰ってきてもみんなでカバーし合いながら第九を歌うことを心から愛する優しい心の人々に囲まれての真剣な練習...

     

    やっぱりたった7回目の僕ちゃんでも「この雰囲気で今年もあと2ヶ月をきったんだなぁ、年末ってそう遠くなくしてやってくるぞぉ!」って気分になるのです

    そしてなんといっても鹿児島県民第九が34年目の長きにわたって続けておられるのは、心から敬愛申し上げるこのお二人(左から2番目の女性「下野さん」と僕ちゃんのとなりの「田鍋さん」)のお二人が献身的にそして我慢強く合唱団のお世話をしてくださっているからに他ならないのです(一番左は2014年の時のテノールソリストの「高橋淳」氏です)

    これは日曜「大工」です、てか僕ちゃんより被写体としてT田くんのビンタの方が主役になってますね?! まあソリストが徳Dくんで僕ちゃんが合唱団の一員って感じでしょうか(このたとえはかえって意味わかんないですよね...)

     

    僕ちゃん、ほぼ口パク要員くらいにしかならなくても「枯れ木も山のにぎわい」って言いますものね?!

    それ「なり」に一生懸命100年目の「歓喜の歌」を鹿児島県民第九合唱団の一員として「平田由希」さんのバックでいつもの素敵な先輩たちに導いていただき頑張って歌いたいと思うのです

    カテゴリ:音楽 | 10:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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