<< 果てしない大隅 (Vol.1) | main | 果てしない大隅(Vol.2)「次の時代のまち」 >>
一言も聞き漏らさずに
0

    また今年ももうすぐ6月17日の鹿児島大空襲の日がやってきます

    今から73年前、昭和20年の6月17日の午後11時くらいから来襲してきた百数十機を超える米軍のB29機による「鹿児島大空襲」、闇夜の空からナパーム(焼夷弾)が130万発ばらまきおとされて、鹿児島市内はまさに火の海となり2,316名の尊い命が一夜にして奪われたのでした

     

    その中で鹿児島市内の広場場通りにあった防空壕で一家7人の家族を一夜にして奪われた春成幸男さん...この昭和20年の鹿児島大空襲の時に20歳、そして現在92歳

    でもお宅で一緒にお食事しながら話をしていても、ダンディでいて実に優しくていつも配慮に満ち溢れておられ、しかも頭が良くて記憶力も素晴らしいのです

     

    もともとこの堀江町界隈で大店(おおだな)の息子さんとして生まれたものの、この空襲で財産どころか両親を含む家族も奪われてしまい、すべての無念さや悲しさややるせなさを体験され、その後自分自身を「生かされし命」として切磋琢磨され日本を代表する企業家としてひたすら駆け足で頑張られ経済人として大成功をも納められてきた「春成幸男」さんなのです

    本当の大きな包容力ややさしさ、そして思いやりを持っている人というのはこんな方のことをいうのだろうなぁといつも感じるのです、それは春成さんがどれだけの絶望、つらいこと、どうしようもない悲しさや苦しさ、そして本当に大切なものを取り戻すための壮絶な努力の人生を歩んでこられたからこそ、持ちあわせていらっしゃる「真の強さ」との表裏だと確信するのです

     

    春成さんのご自宅でいただくお食事はいつも美味しい「薩摩郷土料理」、美味しくて楽しくて、今回もついつい長居をしてしまいました

     

    本当にこんな尊敬できる偉大な「人」と知り合うことができて自分はどんなにか恵まれているのだろうと心からいつも感じながら、お会いする時間中ずーっと春成さんの一つひとつの言葉を「宝」だと思いつつ胸に刻むのです

     

    今年もまたこの梅雨の時期、私たちが忘れずに語り継いでいくべき6月18日に、そんな春成幸男さんが代表を務められ主催される「広場場通り戦災鎮魂慰霊の会」の15回目の慰霊祭が山形屋パーキング前の石碑前にて開催されます

    カテゴリ:社会・政治 | 01:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
    コメント
    コメントする









    この記事のトラックバックURL
    http://makarazuya.jugem.jp/trackback/3716
    トラックバック