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かくさどん(どん)
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    今日から8月、夏真っ盛り!! 東京の方々があまり観ていないらしいNHK大河ドラマの「SEGODON」もストーリーが維新に近づいてきたし、ということで超少子高齢化による既存型経済の縮小に加えて、異常気象により多発する豪雨災害や変な軌道の台風、殺人的な猛暑の影響もあったりで、今年は全国の小売業やサービス業の経営環境も加速度的に厳しくなってきているなぁ、なんて感じる今日このごろですが...

     

    そんな中、最近の九州におけるいろいろな視点からの福岡市の先進・突出ぶりがすごいと感じるのです

    産学官民のコラボでプラットフォーム構築でのセクショナリズム(それぞれに分けられた分野)を飛び越えて、今までの地域総生産だとか、既存の指標の数値だけで観てとることのできない、つまり形のない「コト」や「人材」のような財産だったりとかでの今までの価値観や尺度ではなかなか目に見えない視点からみていて福岡市のその独走(独創?)ぶりは素晴らしく、他の地方都市との「格差」が恐ろしくついちゃってる気がしてならないのです

    特にオジさんたちがついていけないのが「プラットフォーム」の発想、例えば「超少子高齢化」にともなう医療や介護の未来のあり方、一つの問題を解決していくのに今までの既存の切り口だけでは絶対に道は見つからず、パラダイム(枠組み)を一度はずしてから多面的、水平的思考でのビジョンを持ち、ビッグデータやIoTを駆使してソリューション(解決法)を見いだしていく...みたいな発想

     

    しかもその構築プロセスにはどんだけぇ〜多彩な視点の人々を巻込んでいけるのかかが大切なのだとか...

    プラットフォームがうまく機能するためには今までは考えも及ばなかった複雑な要素が絡み合ってたり、全く今まで存在しなかった視点からの複合的コラボのアプローチが必要となってますよね

     

    でもそうして福岡のように国内のいくつかの地方都市がそれぞれの様々なジャンルの人材を生かし地域特性を発掘し磨き上げ地域間競争に勝ち抜き「突出自立」していく、日本国内にそんな拠点集約地方都市がいくつかできた結果、日本の形は次の新時代対応型にリストラクチャー(再度構築)される、とそう確信するのです

    ちなみに「福岡市」☜のウェブサイト(ホームページ)はコンテンツも視点もユーザー目線にちゃんと更新されているし、今の若者達はパソコンではなく情報収集の8割以上スマホなどのガジェット(端末機)利用だということをちゃんと当たり前に認識して見やすいようにオサレにデザインしてます!!

     

    コンテンツ(内容)の新規性やセンスは当たり前ですが、発信したいことをつらつらと書き込んでいるだけの文字だけで「見たい・読んでみようかなぁ」と思えるようなデザインセンスのないウェブはもう社会に受け入れられない時代だと思うのです

     

    そして「県」とか「市」とか言う概念だけで「予算をつけて執行して」という事業プロセス自体が今のイノベーションを必要とされる時代にそぐわなくなってきていると感じるのです、そんな現象をしっかり直視してこれからの幸福感のイメージを産学官民で共有し、その中でのそれぞれのセクターの強みや役割を徹底して整理し「プラットフォーム化」を実現しつつあるのが九州では福岡市だということなのです

     

    今の時代、ウェブ自体がその組織や考え方の「体(てい=実態)」を表すといわれますが、まさに福岡市、そして大分市のウェブなどは誰にどんな風に情報を出したいかをちゃんとみてとれるという意味でもコンテンツ・デザインもイケてますね!!

     

    そしてLINEが東京と福岡の2カ所に本社を置くのもライン自体は元は韓国企業グループということもあるのでしょうが、福岡は真面目に本気で自らをアジアの拠点だからと位置づけてそのマインドをLINEと共有しアクションしているからですよね、だから当然福岡市は「LINE@」なんかも情報発信にうまくオサレに使ってるし、これも単に「役所が中心」という形ではない有機的ネットワークの多彩な形とその意義をイメージできているからかも知れませんね?!

     

    ミレニアルズ世代だけに限らず、日本人にとって「格差が見えずに進む」一番の理由は「経済」とか「貨幣」というメルクマール(指標)だけで幸福感を計れなくなってしまうくらい世の中の人々の価値観が多彩になっているということだと思うのです

     

    そしてもう一つ、変化した価値観の根底にあるのは日本のように世界が憧れるほど国民の所得格差なく経済的に「豊(ゆたか)」な社会になっても、多くの人々がそれだけでは幸福感を実感できていないということが解ってきてしまったということなのではないのでしょうか?

    これは福岡市の「スタートアップカフェ」イケてる街「大名」の大名小学校跡をリノベーションで作り上げたアジアに向けた「プラットフォーム」当然、どっかのコピーでも予算消化事業でもないし、本気度がちゃんと伝わっているし当たり前にオサレだからこそ本当にその意味が分かり共感できる人材たちがアントレプレナー(起業家)として集まっているわけですよね?!

     

    つまりそんな多様化する「幸福感」を多彩に満たせる「経済」以外の分野やライフスタイルの多様化に対応して「多彩な幸福感の提供」をできているのが、九州内の地方都市では「福岡」が圧倒的にリードしていると感じるのです

    本当に感じるのは日本の地方都市をはじめとするすべての組織の中での特に「年功序列」と「男性社会」などに因する硬直化が足下にある幸福感を見えなくしている気がしてならないのです、でも逆にいうと自立したリテラシーを持つ住民達が増えてくると簡単に社会の流れは代わる可能性も大いにあるということだと思うのです

     

    今までの既成概念や前例での地域戦略の延長では、未曾有の「超少子高齢化」社会を生き残れるはずはないのに、IoT(コトやモノがインターネットと連動する状態)やICT(情報伝達やコミュニケーションのための技術)と口では言いながらまったくそれを手段として利用したりするリアリティを自らがイメージできない、だからもちろんアクションもしないままなんとなく今までのパターンで暮らしているうちに、リテラシーが高く独自のビジョンと戦略を持つ地域と旧態依然とした地域とは目に見えない格差が加速度的に開いていってる感がすごいのです

    例えば現象の一例でいうと福岡市と他の地方都市を比べて福岡市の方が都市集積はとても大きくGDP(Gross District Product:「地域内総生産」)も高く中心部は人口も集中して都市化しているのに、その交通アクセスはどこからでも良好で、しかも居住費(家賃等)が本当に安い、その結果、福岡は全国21主要都市の中で起業率がナンバー1でありそんな人材達同士もシナジー(連携相乗効果)が高いことなど...

     

    多分、ソフト面の差が開いていることが現象として見えるようになってくると地域間競争では完全に周回遅れですよね

    でもこれは行政だけの責任ではなく、変化をすることが今の組織を維持できないと判断してしまう、産学官民それぞれのセクターの組織の幹部のマインドにある気がするのです、そのマインドの一要素としてダイバーシティ対応なんかも必要なのだということになるのかも知れませんね

    「明治維新150周年」のノスタルジーに酔いしれてよその成功例の上っ面マネゴトとかしてるうちに、そんなマルチな地域間競争で周回おくれになってから次の世代にバトンを渡すリレーだけは絶対にしたくないと思ってしまう今日この頃なのです

     

    政治屋さんたちも次の選挙のためにと大票田の年寄層のご機嫌だけをうかがって、今までと代わらない感覚で地域ガバナンスを繰り広げていたならば、知らないうちに見えない格差がどんどん開く...このツケは次の時代を生きる若者達にとってものすごい大きなハンデになってしまう気がしてなりません

     

    危機管理のICTもIoTにしてもそして地域のガバナンスすべてにおいて鹿児島にとっても「150周年」は150年前の薩摩の若者達が持っていたその進取の精神を再度思い出し、国内のみならずアジア地域のリーディングエリアとしてのマインドとリテラシーを再度鼓舞する絶好の機会なのかもしれませんね?!

     

    またまた、多分最後まで読む方がほとんどいないであろうながーい文章を書いてしまいました...(反省・ポテチン!!)

    カテゴリ:社会・政治 | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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