<< ほら彼もライジングスター | main | かごしまの風と光とナポリ祭2018 >>
火星(マーズ)ではなかったイタリアンヒーロー
0

    先月4月18日(アメリカ現地時間)に「人間発電所」のニックネームで日本のプロレス界でもジャイアント馬場さんの大親友としても有名だった「ブルーノ・サンマルチノ」氏が82歳でなくなったとのニュースが流れました

    僕ちゃんが小学校4年生の頃に初来日して、馬場さんと名勝負を繰り返していたのを本当に懐かしく思い出します(プロレスラーとして全盛期当時で身長182センチ体重120キロだったブルーノサンマルチノ氏)

     

    親友であったジャイアント馬場さんとはレスラーとしてデビューしたのが1年しかからわないこともあり(サンマルチノ氏は1959年、馬場氏は60年レスラーデビューです)馬場氏がアメリカでトレーニングサーキット(武者修行)をしていた1961年にアメリカで出会ってすぐに親しくなったのだそうです

     

    サンマルチノ氏自身はイタリア人、それが故アメリカのプロレスファン層にとても多いイタリア系アメリカ人から絶大なる支持を受けており、日本プロレスが分裂後もその人気を背景に親友である馬場氏の全日本プロレスのリングにだけ上がり続けた「人間発電所」ブルーノ・サンマルチノ選手だったのです、そしてイタリアンだったのに、彼の決めワザは「カナディアンバックブリーカー」でしたよね?!

    MSGというのはマジソンスクエアガーデンのことです、彼はWWWFチャンピオンとしてMSGのリングにあがり続けて「MSGの帝王」と呼ばれたのです

     

    日本に初来日した時に大きな馬場さんが窮屈そうに日本車に乗り込むのを見て自分自身のキャデラックを船で送ってジャイアント馬場さんにプレゼントした話はあまりにも有名なのですがその後、馬場さんはその心意気をかって生涯サンマルチノ氏がプレゼントしてくれたキャデラックの色・型を買い続けて乗っていたのです...涙が出るくらい素敵な話ですよね?!

     

    今の時代「ブルーノ」といえば、「ブルーノマーズ」ですが、プロレス界にもこんな素敵なイタリアーノがいたのです、きっと今頃は天国でまた馬場さんと再会を祝してあのニヒルな笑顔でチンチン(乾杯)していることでしょうね! 心よりご冥福をお祈りするのです

    カテゴリ:趣味のスポーツ | 02:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
    コメント
    コメントする









    この記事のトラックバックURL
    http://makarazuya.jugem.jp/trackback/3697
    トラックバック