
2008.05.23 Friday
日本プロレス目指した青春

僕が小学校上級生になった頃、当時のプロレスシーンは日本には「日本プロレス」が1団体しかなく、当然ジャイアント馬場、アントニオ猪木、大木金太郎(キムイル)、吉村道明そしてちょっと後になり柔道会から坂口征二なんかが一緒になり頑張ってました。
中学校2年生のとき始めてリングサイドで見た「世界タッグ選手権」アーニーラッドやドロップキックの名手ロッキージョンソンそして後のAWAチャンピオンのニックボックウィンケルの芸術品ともいえるスープレックス・・今思うと当時のプロレスを見ていて沢山の勇気や夢そしてロマンをもらったような気がします。一生懸命興奮して外人レスラーの反則に腹を立てる割には、どうせ「八百長」だから・・という冷めた部分もあって自分でなんでだろうって不思議だった思いもあったのですが、とりあえず中学校の2年生くらいから自分もプロレスラーになって世界で活躍したいという思いがわいた時期がありました。
そして今になってよーく考えてみたらプロスポーツの世界って全部実はショーエンターティメントビジネスなんですよねぇ結局、だって何のスポーツでもいくら強くても試合が面白くなかったり、お金を払って見てくれる観客をないがしろにするようだったら、結局興行として成り立たず、したがってファイトマネーや年棒なんてぇのも上がらないってことですもんね。
そう考えたらあの時中学卒業の新弟子検査で体重90キロ以上と身長175センチ以上(これで諦めた)に満たなくても、ひょっとしたら僕がこのキャラクターで活躍出来る場もあったんじゃないかと今になってちょっと後悔してるんです・・ちなみにキックを受けた松下君は今はりっぱな税理士です
