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おまえが泣くな!
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     台湾から帰ってきて新聞のまとめ読みをしていて愕然としてしまいました
    その記事は「福島に希望あるかと問われ東電常務絶句、号泣」という記事なのです

    経営者というのは中小零細の場合、みんな自分の財産も命も担保にして普段から経営をするのが当たり前と考えています、例えば業績が悪くてお金が回らなくなるとまずは自分を無給のままでもお金のやりくりをして従業員の給与から払うし、取引先の支払いを先にしていくわけですものね

    したがって普通の経営者というものは自分の命の範囲の責任スケールで社会的な責任を背負っていると捉えているのが普通なのです、しかるにこの小森常務にしても東電の従来の社長ポストはもともと通商産業省のアホ官僚の「一番おいしい部類の」天下りポストとして、もともと経営者としての命を張る覚悟すら持たない高学歴パラサイト集団がここに居座り、この日本国民の命を天秤の片方にのせたビジネスモデルにかつての自民党の政治屋さんたちも群がりいっしょになってそのリスクを隠し通してきたわけですよね

    だから覚悟をしていない「形だけ」経営者はこんな危機をマネージメントしなければならないさなかでも「なんで自分の時にこんなことに..アンラッキーな..」といったレベルの涙を流してしまえるのだと思うのです

    僕はかつて1997年のあの1世紀の歴史を持っていた山一証券の自主廃業のあの野澤正平社長のあの「社員は悪くありませんから・・」の涙の会見
    これと同じくらい呆れてしまったのでした、涙を流す暇があるんだったら経営責任者は自分が死ぬまでお客様とおせわになった方々に迷惑をかけないように行動し続けるのが当たり前の世界で、この類の人々を見ていると、大きな事業を営むということはそれなりの責任を背負っているという意識の欠如した「出世レースのケモノ」みたいなもんだなぁ・・と感じてしまうのです

    「社員は悪くありませんから・・」なんて当たり前のことです、だって経営者になるということは社員とは全く異なる次元の責任を背負うということなのですから・・・
    そんなバカげたコメントを聞くにつけ彼らは自分は社員の延長のところにいるつもりなんじゃないかと耳を疑ってしまいます

    今回のどこに行ったかわからない東電の社長にしても、会見で「自分の命をかけて福島に希望が戻るまで頑張りぬきます!」の一言も言えないような情けない名ばかり経営陣も今までこんな恐ろしく無責任な経営を一緒になって自分の利権のために擁護してきた政治屋も全員退場です!!

    こんなくだらないハリボテ人間たちはとりあえずほっておいて、とにかく一時も早く福島の皆さんが安心できるよう、まずは原発危機を回避できるようになってほしいものです

    カテゴリ:社会・政治 | 18:08 | comments(8) | trackbacks(0) | - |
    コメント
    野澤さんの件と今回の件を一緒にされるのはどうかと思いますが。

    野澤さんの場合は、自身が社長に就任するまで全く聞かされていなかった前任者の失政の尻拭いを勝手に押し付けられたという経緯があるわけで、今回の件と一緒くたにできません。

    私のような一般人が経営者たる貴方様にこのような意見をすることをどうかとも思いますが、他人の批判をされるならもっとその背景を詳細に知るべきです。

    貴方が同じ立場になった時、ご自分は違うということを、胸を張って言えますか?その裏付けをちゃんと提示できますか?

    そうでないなら、そんな経営者のもとで働く従業員に申し訳ないとは思いませんか?

    敢えてそのことを申し上げたい。
    | 後藤一彦 | 2011/04/11 11:13 AM |
    私は多分あんな大きな会社の社長への指名自体も来ないことは当たり前ですが、いろいろな意味で他の人が立ち上げた会社自体を引き受けることはないと思います、もちろんそんな裁量も財産も無いということを十分解っているからですが、その前に経営にかかわる実態責任というものは私もそうであるように、通常自分のすべての財産はもちろん命の代償である保険金、すべての人生、家族までをその担保に行うということが当たり前だと確信するからです
    代表者、役員ってもともとそんなものではないですか?
    ではこの国のモラルハザードってどこにあるのでしょうか?
    | なりブー | 2011/04/11 1:33 PM |
    経営者をパイロットに例えるなら、機体の整備も含めて全責任を背負って飛ぶわけで、緊急事態が発生した時泣くような機長に命は預けられません。絶対絶命の状況でも最後の最後まで平常心でベストを尽くす事が大事なのではないでしょうか。昔経営者だった頃の自戒を込めての意見です。
    | niko | 2011/04/15 11:27 PM |
    例えばアメリカ合衆国の場合、ほとんどの州で中小零細の会社も有限責任ですので、日本では当たり前のように法律でルール化されていないのに法人代表者が個人としてもその連帯保証にたたされるなんてことはないのです

    日本の場合は誰がどう決めたのか解らない場わたりてきなルールで小さい会社は無限責任を背負わされる一方でなんとなく皆がパラサイトするための大きな会社はだれが責任者かわからない状況をほったらかしておいていざその会社が沈む時には雇われ社長もとっとと逃げて、もっとひどいことにその後はその沈没救済の費用負担も政治屋さんたちも一緒になって「まあ、しょうがないよねぇ・・」と皆の血税を「ヒトの金感覚」で平気でつぎ込んでしまう

    しかもゾンビのように生き返った会社がまた真面目に切り詰めて踏ん張っている会社と同じ土俵に上がってきて大きな顔をしているなんてこともよくある事ですよね..

    こんな矛盾を直視して改善しないうちはこの国はいつまでたっても本質抜け殻の「泣けば済むような」経営者と死ぬ気で真面目に頑張る経営者が同じ土俵で相撲を取らされる「八百長」よりひどいレベルのモラルの国ということだと思います
    | なりブー | 2011/04/15 11:47 PM |
    このようなかなり前の記事にコメントを付けるのもバカみたいな話ですが…

    かなり山一証券の野澤社長に関して事実誤認された記事であり、野澤社長を尊敬している私にとっては看過できないものだったので反論の意味も込めてコメントを残します。

    まず、彼は存在さえ知らなかった2600億もの違法債務を前社長から押し付けられて社長の席に座らせられたということを知っていますか?
    あなたは(かなり前の話で恐縮ですが)記事の中で経営者の責任論を述べておられますが、それを知った上で野澤社長に山一証券の倒産と顧客の不利益に関して責任があったといえるでしょうか?

    さらにいうと、彼はそんな中でも事業縮小と外資などとの提携で会社を存続させようとしました。しかし、大蔵省にも見捨てられ自主廃業せざるを得なかったのです。

    「経営者になるということは社員とは全く異なる次元の責任を背負うということ」とあなたはいいます。まったくその通りだと思います。しかし、無理矢理経営者の責任と多大な債務を押し付けられ、それでもどうにかしようとして果たせなかった彼に対して「死ぬまでお客様とおせわになった方々に迷惑をかけないように行動し続けるのが当たり前」というのはあまりに酷な話だと思いませんか?

    | MT | 2015/05/17 4:02 PM |
    まったくそうは思いません。知らなかったことが経営者の責任外で許されるなら、日本中の会社をその同じルール下で経営をしてもらったらどうなるでしょうか?
    アメリカのようにそれに近い「敗者復活」の法整備をすれば話は別でしょうが。
    私の周りにも同じようなことで命を落とさざるを得なかった仲間は数人おります。彼らの命と大会社の社長さんの命の重さは違うということですか?
    | なりブー | 2015/05/17 11:10 PM |
    かなり前の記事にも関わらず返信いただきありがとうございます。

    「知らなかったことが経営者の責任外で許されるなら、日本中の会社をその同じルール下で経営をしてもらったらどうなるでしょうか?」
    とおっしゃいますが、ここまで多大な負債を隠したまま社長職を押し付ける会社というのは相当特殊な例だと思います。日本中の会社が同じルール下で経営するという仮定はまったく意味をなさないでしょう。
    特殊な例だからこそ倒産した場合は特殊な配慮があってしかるべきだと思い、あなたの記事に対しあまりに酷な話といいました。


    また命の重さなんて壮大なことを言うつもりはありませんし、皆平等だと思っています。
    私は人は誰しも失敗するものだと思っています。
    あなたの仲間がどのような状況で命を落とさざるをえなかったかは分かりませんが、一度の失敗で社会への責任をとらされて死に追い込まれたのだとしたら、彼らの周りの環境があまりに失敗に対し不寛容ではなかったのかと思いますし、過剰な責任を押し付けたのであればそれは間違いであると思います。

    ましてや野澤社長のように、失敗せずとも倒産を決意することを運命付けられた人に対して不寛容であるあなたの記事に対しては、批判的な感情を抱かざるを得ません。

    再度言いますが法律論や命の重さを言うつもりはありません。
    人(野澤社長と亡くなったあなたの仲間達を含めた)の失敗に対し不寛容に、また過剰に責任論を唱えるのはやめるべきだと申し上げております。
    | MT | 2015/05/20 8:16 PM |
    だいぶ前の記事ですが、この記事について思うことがあったので書かせて頂きます。
    山一証券の野沢社長について、「知らなかったことが経営者の責任外で許されるなら、日本中の会社をその同じルール下で経営をしてもらったらどうなるでしょうか?」
    とおっしゃいますが、ここまで多大な負債を隠したまま社長職を押し付ける会社というのは相当特殊な例だと思います、というコメントがあります。
    山一証券の社長の場合は、こんな多額の借金を就任後に知らされた、という点では同情はできなくもないでしょう。
    ただ、泣き落としで世間の同情を買ったと言うところがいかにも評価しがたいなと思うんですよね。この会見のおかげで、残された社員のかたがたは再就職がうまくいったそうなので、嘘も方便と言うか、社員を守るためには仕方のないことだったのかな、と思います。

    一方で、雪印乳業の食中毒事件や牛肉偽装事件では、社長は何も知らされていなかったそうですが、彼らの場合は涙を見せるどころか、執拗なマスコミの質問に対して「寝てないんだよ」と逆上したり、東芝の事件でも自分には責任はないような発言をしたりしていました。はっきり言って大企業の経営者なら、これくらいの図太さが求められるのではないでしょうか。
    泣くくらいなら開き直れ、ということを管理人さんはおっしゃいたいのでしょう。私も概ね同意です。
    大企業の社長や、政治家は、多少ずる賢くてダーティーで冷静な方がいいくらいです。
    | 泣くより開き直れと言いたい | 2017/07/27 11:16 PM |
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