わずか73年前
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    今年も鹿児島を大空襲が襲った6月17日がやってきて、慰霊祭そしてなおらい会を開催させていただきました

     

    そして今年15回目を迎えたこの慰霊祭・なおらい会を見ていて、そのご家族を含む多くの人々の断末魔(だんまつま)を目の当たりにされた方々がその体験をお互いに語り合いながら、永久の平和を誓い合う方々の人数が本当に減ってきて、とても寂しく思うと同時に、毎年その体験をムダにしないための自分なりの役割の重さも毎年重くなってきていると感じるのです

     

    慰霊祭の冒頭には昭和20年の大空襲当時に、このそばに工場を構えておられたセイカ食品蠅気泙龍明邁馗垢茲蝓峭馬場通り戦災鎮魂慰霊の会」を代表してご挨拶をいただき、そして慰霊の会の春成幸男代表より慰霊の言葉をいただきました

    戦地に赴く前に最後の別れをしに鹿児島にたまたま帰ってきていた春成代表は20歳だった73年前のこの6月17日、夜11時くらいからの大空襲によって、この広馬場通りにあった防空壕の中で一夜にしてご両親そしてご兄弟を含む一家7人を一夜にして失いそのなきがらをご自身一人で荼毘(だび)にふされたのです

     

    春成さんと接していると、人は本当にどうしようもない悲しさや決して納得できない不条理なむなしさを経験して、壮絶な体験というにも足りない、悲しい体験を乗り越えてこられるとこんなにも大きく優しく強くなれるものなのかなぁ...といつも感じてしまうのです

     

    東京からこの会のために毎年来てくださる春成氏の顧問弁護士の宗村先生がどんな事情があろうとも「尊い人の命を奪う戦争だけは避けるべき」というお話をされながら「法律家という立場であってもちょっと前のアメリカと北朝鮮の交渉が行き詰まると戦争を避けられないんじゃないかとあきらめそうになることもあった」

     

    というものすごい「人」として正直な心情を語ってくださりました、そのことが逆に一国が戦争への動きを止められなくなる危険性がいつもすぐそばにあるのだということを教えていただいた気がしました

    わずか73年前に多くの愛するべき人々の尊い命がその家族や友人達の目の前で一瞬にして奪い去られた、そんな戦争体験者の皆さまのトラウマを私たちは必ず共有して未来永劫、同じ過ちを二度と繰り返さないように繋いでいく役目があると思うのです

     

    筆舌に尽せないほど壮絶だった戦火の中を生き延びてくださった先輩たちがいてくださり、私たちがこうして生きているということは、ある意味本当に奇跡だとも思うのです、そのことに心から感謝しつつ毎年この慰霊祭は続くのです

    カテゴリ:社会・政治 | 16:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
    果てしない大隅(Vol.2)「次の時代のまち」
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      鹿児島県のもう一つの半島の「大隅半島」、本当に自然の宝に恵まれた素晴らしいスポットが沢山で、毎回訪れるたびにその自然や食材などにも感動してばかりいるのですが...

      当然、今の日本全国の地方都市の一番の喫緊の課題である「超少子高齢化」の波が容赦なくこの鹿児島県の大隅半島のまちにも襲いかかっていることはいうまでもありません

       

      その意味でも今回の錦江町からの帰り道、どうしても寄って自分の目で見て体感したかったスポットがあったのです

       

      この右の写真のエメラルドグリーンの海の砂浜に立つ鳥居の神社、今やコマーシャルやプロモーションビデオでもそしてインスタスポットとしても超有名ですが、鹿屋(かのや)市の「荒平天神(菅原神社)」、のすぐそばの海沿いのこの小学校

      それはスプロール現象(街の中心部の集積がドーナッツ化して分散することにより街の経済的な活気がなくなっていく状態)の鹿屋市(かのや)の街はずれの海沿いに位置する「鹿屋市立菅原小学校」の跡地を利用したゲストハウス「ユクサおおすみ海の学校」なのでした

       

      120年の歴史を誇りながら平成25年3月で廃校になった「鹿屋市菅原小学校」、実はこの財産に目をつけた鹿屋市を拠点に活躍するイケてる若者たちがいるのです

       

      そして実は僕ちゃんもそのクラウドファンディングに些少ながら寄付させていただいて、このユクサおおすみ海の学校の「ちょっとだけ支援者気分」なっちゃったりしてたりするんです

       

      校内に入ってスタッフの方にちゃんと撮影許可をいただいて最初に撮ったのがこのシャワーと洗濯場の「サイン(表示看板)」これを観ただけで、この施設にかかわっている人々のオサレ度がすぐわかってしまいますよね!!

       

      実はこの廃校になった小学校跡地を「ゲストハウス」にするプロジェクトで超イケてる若者たちがここに住み込みながら手作りで少しずつリノベーションをし続けているのです

      そして「おおすみ食堂 さのぼい」当然児童たちが使用していたこんな椅子と机で向かい合って食事をしたら明るい会話も弾み食事もおいしくなりますよね〜、ちなみにこの食堂は今は試験的スタートメニューで種類はまだ少なめでしたが、この辺りの食材といえば海のモノも山のモノも、そしてお肉も全国への供給拠点として最高の素材ばかりなのです(近々の全館オープンが超たのしみですよね?!)

      公社正面入り口の前に位置する、ここからごだわりセレクトしたカカオの豆の焙煎から製造を行い販売をするというチョコレート工場「キートス」さん...超カッケーですよね?!

        

      過疎化に悩む日本国内の地方都市の中で、最先端を行く成功例が圧倒的に多い「リノベーション」を手法とするまちづくりですが、新しい建物やハコものを作ってもこれからの縮小経済ではその回収の持続性や確実性がみえないことから、今残された「ハコ」を活かすという単純な発想のみならず、かつてそこに人々が集い、歴史を重ねてきたその場所や建物だからこそそのストーリーつまり「コト」自体が資産であるというヨーロッパ的な発想に価値観の流れがシフトしつつあるのが今の若者たちのリノベーションの根底にある発想なのです

       

      まちの魅力はハコモノでもエンターティメントだけでもなく、なんといってもそこで自治意識を持ちながら自分が楽しく住みたいまちを自ら作ろうという人材たちの存在、そしてそんな活動こそがまた人をひいてくるのだとそう思うのです

      ここでいただいたこのフライヤー(チラシ)やブローシュ(ミニカタログ)のデザインもそのディテールまで一つひとつが憎いほどイケてて素晴らしいのです、つまりこんなデザインされた情報はイケてる人たちに対してもとても到達力があるということですよね

       

      そしてここ「ユクサおおすみ海の学校」のリノベーション中の若者たちの目の輝いていて楽しそうで自信にあふれていること

      何かを犠牲にしつづけなければ「モノを買うお金」を得られない、それも経済ですが...これからの若者たちの中には、こんな素晴らしい自然や景色に囲まれて、家族との生活でストレスを少なく自分らしくいられるすこしゆめやかな時間軸での生活、そんな暮らしが一番「幸せ」を感じるという価値観の方々も多く、地方都市にはそんな環境を求めてゲストとしてきている人々もとても多いのだということもオッサンたちは忘れてはならないのと思うのです

       

      つまり時代は確実に変わりつつあり、僕ちゃんらオッサンたちの通り一辺倒の「経済的価値観」はすでに万能ではないということなのです、そんなとても斬新かつ本質的なことも教えてくれるこの鹿児島県の大隅半島でもあるのです

      カテゴリ:社会・政治 | 04:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
      一言も聞き漏らさずに
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        また今年ももうすぐ6月17日の鹿児島大空襲の日がやってきます

        今から73年前、昭和20年の6月17日の午後11時くらいから来襲してきた百数十機を超える米軍のB29機による「鹿児島大空襲」、闇夜の空からナパーム(焼夷弾)が130万発ばらまきおとされて、鹿児島市内はまさに火の海となり2,316名の尊い命が一夜にして奪われたのでした

         

        その中で鹿児島市内の広場場通りにあった防空壕で一家7人の家族を一夜にして奪われた春成幸男さん...この昭和20年の鹿児島大空襲の時に20歳、そして現在92歳

        でもお宅で一緒にお食事しながら話をしていても、ダンディでいて実に優しくていつも配慮に満ち溢れておられ、しかも頭が良くて記憶力も素晴らしいのです

         

        もともとこの堀江町界隈で大店(おおだな)の息子さんとして生まれたものの、この空襲で財産どころか両親を含む家族も奪われてしまい、すべての無念さや悲しさややるせなさを体験され、その後自分自身を「生かされし命」として切磋琢磨され日本を代表する企業家としてひたすら駆け足で頑張られ経済人として大成功をも納められてきた「春成幸男」さんなのです

        本当の大きな包容力ややさしさ、そして思いやりを持っている人というのはこんな方のことをいうのだろうなぁといつも感じるのです、それは春成さんがどれだけの絶望、つらいこと、どうしようもない悲しさや苦しさ、そして本当に大切なものを取り戻すための壮絶な努力の人生を歩んでこられたからこそ、持ちあわせていらっしゃる「真の強さ」との表裏だと確信するのです

         

        春成さんのご自宅でいただくお食事はいつも美味しい「薩摩郷土料理」、美味しくて楽しくて、今回もついつい長居をしてしまいました

         

        本当にこんな尊敬できる偉大な「人」と知り合うことができて自分はどんなにか恵まれているのだろうと心からいつも感じながら、お会いする時間中ずーっと春成さんの一つひとつの言葉を「宝」だと思いつつ胸に刻むのです

         

        今年もまたこの梅雨の時期、私たちが忘れずに語り継いでいくべき6月18日に、そんな春成幸男さんが代表を務められ主催される「広場場通り戦災鎮魂慰霊の会」の15回目の慰霊祭が山形屋パーキング前の石碑前にて開催されます

        カテゴリ:社会・政治 | 01:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
        日本で初の迎賓館の誇り
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          5月23日は日頃からお世話になっている鹿児島市内マナーハウス島津重富荘さんのパートナー企業の会「プラスエス会」の理事会開催の日でした

           

          くしくもこの日は鹿児島青年会議所が主幹するアスパック(アジア会員大会)の鹿児島県知事主催のウェルカムレセプションもこの島津重富荘で開催されていたのですが、それとほぼ同時進行での「滝の間」でのプラスエス会理事会だったのです

           

          ところで、この島津重富荘さんは今から約160年前、日本国として最初の迎賓館(東京都の元赤坂)の開設(明治42年)に先んじること53年、明治維新の約10年前には薩摩が「国として」国賓達を(鎖国中なのでほぼ勝手に?)接待していたいわばスペシャルユニークべニュー(特別な会場)だったということなのです

           

          その建物資材をそのまま生かしながら再度建設するよりはるかに大変な工事をされて、株式会社プラスエスコーポレーションさんがこのマナーハウス島津重富荘を2006年にオープンされたのです

          日本の歴史上、最初に海外に開かれたホスピタリティスポット環境でこんな美味しいフルコースをいただきながら(もちろん会議が終わってからのお食事です手)の理事会にしても、JCの皆さんがアジア各国から招かれた会員の皆様を知事が接待されるにしても絶対にいい内容になるはずですよね?!

           

          実際にプラスエス会の理事会は厳粛な中も前向きに議事はスムーズに進行され、無事に来月の総会への準備を整えたのでした、そしてとっても楽しみにしていた重富荘のランチョンの時間!!

           

          アミューズは「きびなごのエスカベッシュ 坂元黒酢風味」からスタート、おおっ鹿児島を代表する坂元の黒酢さんの名前もちゃんと付けてある!!

            

          つづいて日本一の生産量を誇る「垂水産カンパチのマリネをミキュイに水俣サフランのソースと串木野サワーポメロのサラダ」これもなんつぁならん爽やかさとカンパチがこげん美味かとかぁ?!と感動の逸品

           

          つづいて「串木野やぶさめ黒さつま鶏の低温加熱ロティ奄美高倉味噌香るソースで」さすが、今の大河ドラマとシンクロした素材テーマでしかもこの低温加熱だとまったく鶏臭さがなくなり(もともと黒鶏は臭みがほぼないのですが...)奄美高倉味噌が上品で美味しいこと

          そして「ガトーショコラ ロワイヤル」...このチョコが甘さではなくカカオの香りの奥深いこと、そしてアイスに繋がれた周りのソースとフルーツとのハーモニーがまた素晴らしいこと!!(食レポートなってますかねぇ?)

           

          優しくて配慮に満ちた清川オーナー夫妻と浦上社長のお話も実に楽しく、またお食事が終わっても予定の時間を1時間以上オーバーしてもどなたも「終わりましょう」とも言わないほど楽しい理事会の後のランチョンなのでした

           

          また6月には総会を迎え新しい年度となりますが、このマナーハウス島津重富荘さんの財産でもある歴史に誇りを持ちつつパートナー企業さんたちも一体となり、常に緊張感を持ってお客様に喜んでいただき素敵にこの素晴らしい歴史の続きのストーリーを刻んでいく一助になれたらと改めて思うのです

          カテゴリ:社会・政治 | 11:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
          "Be multifarious!" ladies&gentlemen
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            5月18日金曜日はずーっと前から楽しみにしていた鹿児島国際大学での講演と津曲学長とのトークセッションの日でした

            絶対にいいチャンスだと思い、サクラ島大学学長でもあり鹿児島を拠点にクリエイティヴデザイナーとしてもまさに日の出の勢いの久保雄太さんにも同行していただいたのです

            創立86年の古い歴史と在籍者数2,576名、学長には鹿児島経済同友会代表幹事で鹿児島の経済界でも重鎮である日本ガス株式会社グループの津曲氏をいただくまさにプラグマティズム(実学思想)そのものを実践する全国でも珍しいこの鹿児島国際大学

             

            そのために国内外とわず素晴らしい教師陣のラインアップをそろえられて、この時代に地域の文化に資する目的で数年前には国際文化学部の音楽学科も4年制にパワーアップされウーヴェハイルマン氏を教授に招き世界を目指す音楽家たちも育て続けたりされておられます

             

            パワーポイントのチェックの後、まずは見晴らしも素晴らしい学食での、多彩で美味しく学生さんたちにも有り難いボリューミーなメニューからお食事をいただいて...と思いきや、御馳走になったのはスペシャルメニューのカツレットメインのフルコースでした(写真はデザートだけしか写ってませんが...)

             

            普段の仕事や「KAGOSHIMA Visitors'' GUIDE」の運営などの経験をもとに、この日は「地域と国際化」という一連のテーマのもとに、今の若者達に比べると不器用だったかも知れませんがとても楽しくキーノートスピーチ(プレゼン)をさせていただきました

            学長も産学官地域連携センター長を兼ねる大久保副学長先生も真剣にお聴きくださり、「間違えたりいい加減なことを言わんようにしっかりせんと」とプレッシャーも感じつつ本当にやりがいがありました!!

             

            そして、この前日の最終便で東京から帰ってきて、この前日夜中まで一生懸命慣れないパワポの資料を校正し直したかいがあったなぁ〜と一人感激させていただいたのでした

            そしてキーノートスピーチの後は、同級生ながら心から敬愛させていただいている津曲学長先生とのトークセッション、事前にたのもしい学生さんたちからの真剣な質問もちゃんとご準備をしていただいており、これまた大感激なのでした

             

            それにしてもさすが、津曲学長は鹿児島経済同友会代表幹事としても日本ガスグループ総帥としても時事・経済のことはもとより、最新のIoTさらに文化芸能にいたるまで実に詳しくて鹿児島にとってもすごい人財だと改めて確信させられるのです

            トークセッション終了後には、まず滅多に入れないであろう学長室にも久保氏と一緒にお招きいただき、公務から戻られたばかりの国際文化学部教授で副学長でもいらっしゃる飯田先生も合流され、また楽しくも勉強になるトークを聴かせてていただけたのでした(「建学の礎」の前で2人の学長と一緒に記念撮影もさせていただきました、有難うございました!!)

             

            はたしてお役に立てたのかどうか全く疑問ですが、少なくとも僕ちゃん自身は本当に楽しくまた勉強をさせていただき、また地元の私立大学としてあらためて鹿児島国際大学の存在の大きさを誇りに思うとともに素晴らしい機会をいただけた事に心から感謝しつつ、この学生さん達が鹿児島を拠点にしながら、さまざまなジャンルで大きく世界に羽ばたく日を心待ちに楽しみにしているのです

            カテゴリ:社会・政治 | 20:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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