超難解の経営ジレンマ「泣き言」なんですが
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    意味の分からない国会の解散で選挙まっただ中、実は僕ちゃん明日から海外出張ということでで昨日、鹿児島市役所で不在者投票をすませてきたのです

     

    ところで「働き方改革」も渦中、最近経営をしていて感じる事...スタッフたちは一生懸命にチャレンジして効率性をも考えながらお客様の笑顔をみたい、という思いには一点のかげりもなく頑張ってくれているしそれは心から感謝しているのも確かなのですが

     

    この今の超少子高齢化社会の中で、買っていただき売り上げを創る大変さは元々もちろん当たり前のこととして、経営を取り巻く法規制や社会保険制度やこの国の税金制度など、経営者視点だと政府の方針はどんどん「スケール縮小経済時代」に反比例の「逆噴射政策」になってしまっているなぁとつくづく感じるのです

    そもそもの社会ルールのモデルが大企業基本の制度設定、そして何か裁判事となるとどんな人物でもその権利や主張の方がまさり、実質、無限責任をしょわされ世の中にさらされている中小零細の経営者たちは常にそのリアルリスクにさらされつつのストレスフル生活を強いられる、この経営環境(泣き言ですが😢)

     

    つまりそんなスタッフたちの気持ちと努力に経営者としてそれに報いたいという思いの接点を見いだすのが本当にガチガチに難しすぎる、しかも厚生労働省傘下の出先などはここぞとばかりにルール制定とシンクロして有名無実の事務作業をどんどん増やし企業の事務作業も増え続ける、つまり商売に集中する以前にコストが増え続けて...これでは今の日本国内における人を雇用する零細企業はそのマインドを削られるばかりの経営環境になってしまっているなぁとつくづく感じるのです(全国の中小零細企業の経営者の皆様、どうですか?!)

    多分今の日本政府の基本的な考え方は零細企業に対しては「高付加価値で収益性がある程度の規模を持つ産業でなければ人を雇う権利はないぞ、だから零細企業の経営者はその中で生きようとするならばそれを覚悟で勝手に商いをしろ」という意図の政策なのでしょうか?

     

    そんな実情を知ったとしても、あんなに庶民感覚から乖離(かいり)してしまった職業政治屋さんたちでは、「既得権益」や「忖度営業」での今の金づるを失ってまで日本の零細企業の将来を考えるなんて、そんな割の合わない「仕事(政治)」は絶対しないだろうし...

     

    まあとにかくこのままだと自分を筆頭に似たような形態で経営をしている仲間達の会社がバタバタと消えていったりする現象でも出てこないと多分商売人たちのための新しい経営環境へのイノベーションは起こってこないのかもしれません、つまり零細企業にとっては持久戦(我慢比べ)に突入ということなのでしょうか?

     

    でもそんな経営環境だから実際今、零細企業の廃業がとまらずに、しかもその44%が黒字のままの廃業となっている訳ですものね(倒産ではなく「自主廃業」ですよ?!)

    超少子高齢化の時代なので、一刻も速くルーティン事務などは人工知能とアンドロイド化で人件費を削るべきだとは思うのですが、接客もデザインも営業もした事ない、つまりそんな「付加価値を創り、人を笑顔にする仕事」の経験のない人々がそのセンスで考えつくる民間企業のための「働き方改革」、そのあり方ってどんなんなんでしょう?

     

    あと、政府はそんな「ムチ」と引き換えに「アメ」の発想でなんでもかんでも「助成金」を刹那的にバラまいていますが、そのこと自体が実は本当に創造力を発揮してほしい「新しい価値を創る」つまり経済的に豊かさを創りだす源( みなもと)の人々をスポイル(ダメにする)してしまう可能性が一番高いということを一時も早く実感するべきだと痛切に感じるのです、つまり助成金や補助金は「シャブ(覚せい剤)」と同じだという事なのです

     

    そんなことを理解して政策や政治行動で示さないと、中小零細の経営者モチベーションは突然下がり続け、この国の経済はアッという間に失速する危険をはらんでいると感じるのです、そして一度失速し始めると経済にふただひ浮力をつけ浮上するということがどれだけ難しいかというのは「飛行機のストール(失速)」と同じだと理解出来ますよね

     

    いや逆に、いっそもともとクレーマー優位のこの日本社会においては、急いで窓口やサービスは結局アンドロイドなどにさせて「サービスってこんな程度のもんなのよねぇ〜」って風に感覚の尺度を替えて割り切ってもらうしかなかったりするのでしょうか

     

    でもこの日本社会で「雇用」と「貨幣経済」においても貢献しているのは、日本社会の中で数で99.7%を締めている中小零細企業の役割が大きいというのに、それにちゃんと向き合えないこの国の政府をはじめとして政治屋さんたちのリアル社会センスのなさにはまったくあきれてしまうのです

     

    結局このがんじがらめの経営環境のままだと、少人数でも人を雇用している世の経営者たちは、これから先どうやったらこの社会主義国「日本」の労働集約型の矛盾だらけの四面楚歌状態から抜け出せるのだろうかと考えてこんでしまうのは間違いないと感じるのです

    まあ、そうするとこれからの日本社会の究極の形って「国民皆起業家」をめざし経営者一人で営む小さな個人営業主のパラレルキャリア(複数職業を同時に持ち暮らす)の人々とあとは大企業との2極に分かれる、でも大企業もクリエイティビティを必要とされない多くの部署はアンドロイドたちで仕事がカバーされそして、役所もほとんど人は雇用せずにビッグデータと繋がったバーチャルプラットフォームになるといった社会形態となるのかなぁ...

     

    ええっ、でもこれよく考えたらエラソーな政治屋さんたちが言っている完全雇用率を挙げるとか、そんな話とはまったく別の流れ促進しているってことでねぇんですかねぇ、つまりワークシェアを浸透させるために数では99.7%を超える中小零細企業をさらに小さく砕いていこうという政策?!

      

    ところで、人口知能を用いてこの上の3つの要素で躍進的に経済成長ができるそうです、順番から言うと中小零細を経費と統治労力で疲弊させる前に、「超少子高齢化突入」の今これら3つの導入が急務で、税金を使いつつも生産性の薄い分野や、人が掌っているがゆえにイクイティ(機会の平等)を失っている分野を真っ先に改革をしなければならないと思うのです、それでなければ日本社会は車で例えると「居住性をよくしてエンジンを外して客だけ乗った動く事のない大型バス」になっちゃいますよね

     

    つまり日本の政策のポリシーは正しい「イクイティ(equity)」「機会の平等、努力する人・能力ある人が報われる」ではなく「イクオリティ(equality)」「結果の平等」の国になってるから「頑張ろう」と思う人々が報われなかったり、一方ではクレイマーも多いのではないでしょうか?

    とても理不尽な気持ちになるのは誰が踏ん張って経済的にこの国を支えていたり、それなりのレベルで雇用を支えているのかということを直視していない「きれいごとの政策」じゃないか?ということなのです

     

    やっぱり一番大切な本質とかを考える事なく、横並びや前例や人の意見やノイジーマイノリティの大きい声とかだけで世の中が扇動的・衆愚的に動いてしまいがちな「半社会主義国」日本の体制はこの未曾有の超高齢少子化時代にはどう考えてもまずいんでないんかと僕ちゃんにしては珍しく暗くなってしまうのです...

    こんな激変の時代に今のように議員たちの質や感覚がついていけずにバランスや「時」を欠く政策が展開されるのであれば、ひょっとしたらホリエモンや若手の起業家たちの大勢が言ってるとおり、セレモニー的で超効率悪くて時間のかかる既得権益代表者たちの「国会審議」ですら、今のシステムに替えて、ビッグデータで必要な議論点を「A.I.(人工知能)」でいっきに要約して国民に公開しスマホなどの端末で国民の意見集約と決定をしていく方がマジはるかに「民主的」つまり正しいイクイティを保ち超少子高齢化を「追い風」とできる国家への近道かもしれませんよぉ?!

     

    ひょっとして、そうなったら困る人々が、今この国のシステムの素案をつくってるんじゃないの?!

    それはそれでまたとても面倒な状況ですよね...僕ちゃんは国民としての義務として一応投票はすませましたが、こんな中の今週末の衆議院選挙の結果、その後の日本の中小零細企業の行く末ってどんなになるんでしょ?!

     

    新しく選ばれる衆議院のみなさん!! お金にならない仕事かもしれないけど、どうにか英知をふるって数では国内の99.7%を占める中小零細企業の経営者の気持ちも「忖度」していただきたいと思うのです

    カテゴリ:社会・政治 | 01:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
    さあ、あとはお月さんを待つばかり
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      いよいよ明日3日(火曜日)の夜に迫ったKIC(鹿児島国際化推進協議会)主催のイベント「Kagoshima Katabbar 2017(かごしま語っ場ー)」

       

      今年も電波や紙媒体を利用する事なくSNSだけでの告知をさせていただいたのですが、アッと言う間に定員の50名をすぐに超えてしまう参加ご登録をいただきました、本当に有り難うございます

       

      当日のための美味しいお食事の打合せもワインなどお酒類の手配も整い、素敵なゲストスピーカーの皆様にお会い出来るのも楽しみなのですが、あとはお天気...

      っていうかこの時期に天文館の天空のスポット「マルヤガーデンズ9階のRF」つまり屋上のデッキフロアを使わせていただくのは、この秋の空気感の中に映えるお月様にも出席をいただきたいからなのです

       

      いいシナジー(相乗効果)を得る時間をつくるためには出来る限りの皆様がいい気持ちでコミュニケーションできる環境や雰囲気をデザインし、すべての皆様をお迎えしたいと考えて手ぐすね引いて?お待ちしております

      どのくらいの気温になるのかなぁ、と心配でミニーちゃんを連れて天文館公園に出かけてみました

       

      ちなみにこのお昼にテーブルに上がってスナックを食べてしまって御台所さまに怒られた内弁慶のネコのア太郎ちゃんも誘ってみようと想い、なんでか見かけないなぁと思って探してたらお風呂場の脱衣場の所に一人でスネており、声をかけてみたら鹿児島弁で「んにゃあ〜(私いかないもん)」と言ったのでおいてきたのでした

      開催日の明日は満月には3日ほど早いと思うのですが、とにかく今日月曜は雨でも明日は上がるはずです、もちろん雨が降っても常設テントもお部屋もあるので全然大丈夫ですが、やっぱり"Mr.Moonlight"にはぜひとも出席していただきたいとそう願いつつ明日の「かごしま語っ場ー2017」を迎えるのです

       

      ご出席の皆様、一緒にオサレに楽しく意義ある時間を過ごしましょうね!!

      カテゴリ:社会・政治 | 00:14 | comments(3) | trackbacks(0) | - |
      かごしま語っ場ー2017がやって来る/ヤア!ヤア!ヤア!
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        今年も僕ちゃんのライフワークの一つであるKIC(鹿児島国際化推進協議会)主催の「かごしま語っ場ー2017」が鹿児島市内のマルヤガーデンズRF(屋上のデッキ階)で10月3日か曜日の夜(18:00から受付開始)秋の夜空の下、オサレに贅沢に美味しく開催されます

         

        KICは1990年4月よりスタートし当初104社、現在は鹿児島市内の会員企業34社のお力をいただきながら、日頃は鹿児島内外の方々に日本語と英語での情報発信のウェブサイト「KAGOSHIMA Visitors' GUIDE」を運営しており、現在世界75カ国から年間20万件ほどのアクセスをいただいているのですが、最近は特に災害情報の英語版の発信の速さから鹿児島に居住する外国人などにも大変指示をいただくようになっているのです

        昨年の「かごしま語っ場ー2016」の様子、このディスカッションはイエール大学で考案された「グループエンカウンター」会議方式と呼ばれ、スナック類などをつまみながらですが、とてもリラックスしたままの会議なのに社会的効果が非常に高いと言われる形式です

         

        このノウハウは現在鹿児島国際大学講師のジェフリーアイリッシュ氏から提供・提案されたもので、実際アメリカではこの会議とレセプションのセットで地域開発活動への認識や意識をたかめるのに一番効果的なものとしてその実績も認められているのだそうです

         

        これは一昨年ドルフィンポートのテラスで開催された「かごしま語っ場ー2015」のディスカッションの部とレセプションの風景ですが、意義ある意見交換を気楽にしながらも、レセプションの終わりまで本当に皆さまが楽しんでくださっていました

         

        実はこのKIC鹿児島国際化推進協議会はもちろん設立当初から県・市の関係各署とは連携はあるものの、資金面に関しては未だかつて公的助成などは一度も利用した事なく、その意味では完全にインディペンデント(自立した形態)な純民活の団体として、その独自性を活かした情報発信をさせていただいているのです(えらい手前味噌ですみません...)

        この2015の会場ドルフィンポートにしても昨年・今年のマルヤガーデンズのRF(9階)にしてもとっても素晴らしい空間で、やっぱりいい議論をするための会場はじめ、そのための空気感や空間をデザインするというのは今の時代、当たり前に必要だと思うのですが、日本ではまだまだそこらへんは全然遅れてるかもしれませんね〜

        ということで、今回もまたまたそれぞれ10分間ずつキーノートスピーチをしていただくのは素敵なゲストスピーカー3人なのですが、結構皆さんそれぞれご存知で繋がっている方々も多いと思うのです

        でもこんなスゴイ世界観の方々がオサレにデザインされた「場」で一堂に会してさまざまステータス(社会的立場など)の皆さんと双方向でコミュニケーションできる時間を共有することでまたさらに新しい視点やムーブメントが生まれる...そんな時代が来ていると確信するのです

        今年は思いのほか集まりが早く原則facebookで事前登録のみでの受付(定員50名)となっているこのイベントなのですが、告知が始まったと同時にすでに40名ほどのご登録をいただいているのです

         

        そして、このイベントの過去3年の素晴らしい特徴として会員企業の皆様はもちろんですが、現役の学生さんから行政マンそして学者さんまで,社会的ステータスも、そして年齢層もものすごい幅広い方々にご参加をいただいているということなのです

        さあ、今年もKIC理事の皆様のご好意をいただき、おもいっきりパトロンシップも発揮していただき超美味しいワインなどアルコールそしてお食事も準備して皆様のご登録をお持ちしております!!

         

        もしご参加の希望やお問い合わせがあられましたら「鹿児島の暮らし方を考える かごしま語っ場ー2017」☜ここへ早めにご連絡ください、お待ちしておりまーす!!(定員になり次第締め切りとなりますので、あしからずご了承くださいませ)

         

        それにしてもこの記事のタイトルは還暦世代から上くらいの人だけしか、ピンとこないタイトルですよねぇ〜😓

        カテゴリ:社会・政治 | 01:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
        Only 1 カンパニー
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          9月16日土曜日は台風18号が九州方面に向かってくる中、鹿児島市内の城山観光ホテルエメラルドホールにて昔からお世話になっている「株式会社 新日本化学」さんの創業60周年の記念式典が開催され、有り難くもこれにご招待をいただき出席させていただきました

          この鹿児島の地に生まれ、医学会でも突き抜けた素晴らしい上場企業であるこの新日本化学さんの代表取締役会長兼社長であられる永田良一氏、そしてこの日はなんとこの株式会社新日本化学の創業者でもある永田さんのお父様の90歳のお誕生日でもあられたのです、永田社長の優しさや配慮深さが伝わりますね?!

           

          永田社長とは30年くらい前に鹿児島市内天文館にあったエミーズテーブルというオサレなレストランで、毎月第一月曜日に定期開催されていた「一月会(いちげつかい)」という、現鹿児島商工会議所の岩崎会頭が主催されるサロン勉強会でご一緒させていただいたのが最初のご縁でした

          ところでこのレセプションの中、ピアノを弾いておられたのは永田良一社長のご子息「永田一郎さん」お父様同様でお医者様として新日本化学グループの中でお仕事をしていらっしゃるのですが、3歳から始めたピアノは海外でも沢山の受賞歴と演奏歴があられるすごいダブルキャリアの方なのです(まさに生き方自体がこれからの幸せの究極を感じられる形にデザインされていますね?!)

           

          この30年前から毎月開催されていた「一月会」の面白さは鹿児島県内の若手経営者と地元銀行頭取・政府系金融機関支店長、若手議員、県行政のキャリアポスト(国から出向派遣されている役職の方)と鹿児島大学の学部長以上の方(学部は問わない)、そして「絶対にここでの話を文字にもニュースにもしない」という条件でのメディア関係者、総勢20〜30名までという設定で、コース料理をいただきながら、2時間から3時間に渡り、その都度も受けられたテーマで自由闊達なフラットでガチな議論をする、という当時では珍しく新機軸でまた貴重な場であったという事でした(この会はその後16〜7年間続いたと思います)

           

          そんな中で、当時の日経新聞の青山支局長がいつも言われていた事を今でもはっきり覚えているのです、それは「永田社長の新日本化学さんは将来大きく成長して鹿児島を突き抜ける企業として化けますよ」という言葉でした

          実際、永田社長のこの新日本化学は医療品開発における前臨床試験を受託する日本国内初の企業としてスタートしその後の臨床試験の受託にも進出して1990年以降はアメリカのシアトル、ボストン、ボルティモア、テキサスには研究施設や病院を開設し、中国は広州、上海、北京、さらにカンボジア、シンガポール、インドにも事業所を開設、そして1998年には受託事業からパラダイムシフト(事業展開の拡張など)で昨年は「ウェーブライフサイエンス社」をアメリカのナスダックでの上場に成功しておられます

          日本でももちろんですが、地元鹿児島でもメディポリス指宿を創設し、国際陽子線治療センター等の誘致のほか、ホテル事業や地熱発電など大きく展開され、2008年には東証一部にも上場されましたよね

           

          でも今でもたまに空港のラウンジなどで永田さんにお会いすると、30年以来昔と何ら変わりなく気軽にそしてとても優しくお話をしてくださるのです

           

          ご本人は鹿児島と東京そして自ら大学で講義を持たれているアメリカを中心に世界を飛び回られてまだまだパワフルにグローバルにそしてダイバーシティ(多様)化を突き進み活躍されておられるのです、鹿児島を忘れずにそれでも世界と直結して「夢」に向かって事業展開される経営者、まだ50歳代というのに心から尊敬してしまうのです

          これからもますます元気で、そして鹿児島を心に想いつつ世界に飛び出し世界を幸せに変えていくその原動力の企業として新日本化学さんの事業展開にはますますワクワクしてしまうのです

           

          それにしてもこの日のブッフェスタイルのお食事がビックリするほど美味しい事!! 何気に食べたステーキの美味しさにたまげて3皿食べてしまったり、松茸がたぁーっくさん入った香り高い松茸ごはんもふんだんに振舞われていて、永田さんが名誉領事を務めておられるブータン王国からのチーズも最高に美味しかったでした(食べ物の話ばかりですんません)

           

          大きなビジネスを育てるビジョンとパワーもすごければ、それを持続するストレスや英知そして覚悟も大変な事と思うのですが、僕らの世代のヒーローの1人として、今まで通り明治維新の精神に基づく鹿児島起源の心を持って、ますます元気でこれからも世界の舞台でも唯一無二の活躍を見せていただき、また永田さんがお父様の今のお歳を迎えられる100周年に繋いでいただきたいと心からそう思うのです

          カテゴリ:社会・政治 | 01:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
          日本の終戦記念日に
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            アメリカと北朝鮮の間が大変な事になっているようですが、そんなおりに迎える今日の日本の終戦記念日

             

            とっても鈍感な僕がこのたったの15〜6年ほどの間ですが、心から尊敬し敬愛申し上げる「春成幸男」さんと知り合いその春成さんから、その背中で教えていただいていること、それはあまりにも想像を絶しており言葉でだれかに伝えるにはあまりにも重たく大きすぎるのですが...

            未来に残す戦争の記憶 県全域が標的になった〜鹿児島空襲〜」☜この動画で大戦体験者のお話を聞くと、鹿児島市内が終戦前にアメリカ軍が行った爆撃で鹿児島市内の地上がどんな断末魔の風景だったかがよーく理解出来るのです

             

            そしてそんな言葉にするのも恐ろしくてトラウマになっている状況をこうして語るみなさまに共通しているのが、けっして大げさでもなく淡々と達観されてそのままを語られているということなのです

             

            例えば戦争体験で焼夷弾(ナパーム)から逃げ回って九死に一生を得られた方々の体験で皆さんがおっしゃるのが「道の上を火が走る」という表現...数人の方々から僕らがまったく見た事もない地獄をそれぞれの言葉で語られたときにはじめて、そんな事が起きたのだとイメージできたのでした

             

            つまりは人間の経験は言葉や感覚的にもその表現やキャパシティを超えた経験は思い出したくもないし、めったなことでは言葉にもしたくないという思いがあるように思えてしょうがないのです

            戦争体験者のみなさまからすると「言葉」で表現してもその悲惨さ、驚がく、失望は決して伝わらないでしょう...と感じるのだと思えてならないのです

             

            実際、鹿児島市内はじめ日本中の街はすべて焼き尽くされ、まさに道ばたや川には人の死体が山となり、これを表現したのが「死屍累々(ししるいるい)」という表現ですよね

             

            春成さんがいつも言われる事は「人の命は尊い」という一言なのです...いつも春成さんの言葉だからこそものすごい重みを感じてしまうのです

             

            人間の歴史はいつも違うものたちとの戦いと小競り合いの歴史と言えるのかもしれませんが、「命は尊い」という言葉はすごい戦争がいいとか悪いとかを超えて、普遍的なことかもしれませんよね

            どんな人にも愛し、愛される家族や親族がいて、そして生まれてくるべき命を奪う権利はだれにもないということです

            日本の終戦記念日、それはアメリカにとっては勝利記念日でもある、そしてそれから92年経った今はそんな記憶を言葉としてでも伝えられる人々はどんどんいなくなってきている、そうして人それぞれの「命の尊さ」をいとも簡単に置き去りにしてしまう

             

            この日は必ずそんなことを一瞬でも思い返して、一言でも話してみたりするそんな貴重な日でもあるのだと思うのです

            どうです、たまには知ったような口をきくでしょう?! でもこんな事をちゃんと口にするのが平和のバトンリレーにおける僕らの世代の役割だと確信するからなのです

            カテゴリ:社会・政治 | 14:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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