なんでだろうぉ・なんでだろう♩
0

    ずっと前から気になっていて今回初めて見学できた「話題の」武雄市図書館

    つい先日の佐賀市での会議の後そのままちょっと西に30分ほど車で走り、やっと行って自分の目で見れたのでした...んが!

    一歩この「素敵な?」スポットに足を踏み入れた瞬間に、まず直感的に「これって絶対なんかが間違ってる?!」みたいな違和感がムラムラっと湧いてきてしまったのです...「この施設って誰が一番得して、誰が一番損しちゃってるんだろう」的な

     

    自分の故郷でもないのにどーにも納得できない「だまされた感(表現の言葉悪くてすんまへん...)」でも少なくとも何億かの初期費用と何億かの市民の税金を使って運営していて、この「文字の電子化」の時代に代官山とおなじスペースをすんごい無理して作ってしまってみたいな感じかなぁ...

    でもこれって一般市民的な感覚で普通に考えればそうなりますよね?

    単にデザインのよさとか、その施設の立派さとか書物の多さとか、学生さん達が沢山利用している風景とか、そんな目に見えることではなく、ここの場所だからこそのオリジナリティを関係なく何も考えずに代官山をここにコピペしちゃったってことかなぁ...

     

    ここの監視員みたいなオジちゃんもメッチャ怖そうな感じでまさに「監視」してて、リラックスして本を読んだりスタバのコーヒーを楽しんだりする姿とは完全にミスマッチしちゃってるしなぁ

     

    多分一番ソンする可能性が高いのは結果的には武雄市民、そして得したのは、とりあえず古本の在庫一掃とその「田舎にあり得ない」という話題性の到達率の利を得たTSUTAYAさんかなぁ?

     

    とにかく大切なことはこれからの時代、地方行政が市民の血税を使う時というのはフィージビリティスタディ(黒字実現可能性)をちゃんとして常に黒字経営の努力するのは当たり前で、「そもそも誰の何のために」という哲学を一貫してもち続けることと、最後は自分たちが保証人だというくらいの胆力を持ってやらなきゃいけないということではないでしょうか

     

    武雄市図書館すぐ横のこの「武雄神社」...天平3年(西暦735年)からの1300年近い歴史をもつこのスポットは、まさにほんまもんですね?!もちろんお参りもさせていただきました

     

    そして生き馬の目を抜くような早さで大きな資本をボールパスするように動かし、そこで瞬間の利益を創りだす大都会のビジネスモデルとコラボする時は「丸投げ」でリスクを背負わされるのは地元の住民になるのだということをちゃんと住民と共有して取り掛からなければいけないのかもしれません

     

    そう、人は「人のカネを集めて人のために使う」という時にとても無責任になるという法則を心に刻まないといけないと思うのです

    カテゴリ:社会・政治 | 01:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
    今年もオサレに美味しく「かごしま語っ場ー2018」
    0

      今年で5回目(5年目)の開催となる「かごしま語っ場ー(Katabbar)2018」@マルヤガーデンズRF階

      またまたとっても素敵なゲストスピーカー3人のゲストをお迎えして10月5日金曜日の夜の開催が決定しました(このブログでの告知が遅くなってしまい申し訳ありません😅)

       

      昨年の「かごしま語っ場ー2017」も好天に恵まれね爽やかな夕暮れに映える桜島、そして見事なお月様を眺めながら楽しい鹿児島の未来を語り合い、その前向きでオサレな意識をさまざまな年代の色々なステータスの方々と共有して持って帰っていただきました

       

      そして今年のゲストスピーカーの3名の皆さまも鹿児島の今をときめく大活躍の方々です!!

        

      「中根櫻亀(おうき)」さんは今や鹿児島が世界に誇るアートブランドの一つとなった「薩摩切子」のそのブランディングの匠

       

      そして「キャメロン・スタディン」さんはアメリカ・ワシントン州から東京を経て2014年に鹿児島に移住されてきたインバウンド・アウトバウンドセールスや国内外での様々なツアーを企画し鹿児島の発展のために活動中のツーリズムプロモーター

      そして「坂口修一郎」さんは「グッドネイバーズジャンボリー」をはじめ鹿児島はもちろん、国内外からの多くの支持を得つつ色々な場所やジャンルでプラットフォームを形成しつつ多くの「場」をプロデュースしつづけている言わずと知れた若者達のカリスマ的存在の方です

       

      そして、もちろん今年もまた主催団体であるKIC(鹿児島国際化推進協議会)の会員企業の皆さまのメセナマインドのおかげさまで、美味しいワインとお食事もオシャレに楽しみながらの秋の夜の開催となります

       

      またまた今年もワインとお食事もぜひ期待しててくださいね

      会費はお一人2,000円でまた今年もFacebookのイベントページだけでの50名の参加募集となりますが、毎年あっという間に定員になってしまうので、もし良かったら「かごしま語っ場ー2018」(☜このFacebookイベントページから登録できます!!)お早めのご参加登録をどうぞよろしくお願いいたします!!

       

      今年のこの「かごしま語っ場ー」開催日の夜は、月の左側1/3くらいが輝く「下弦の月」となりますが、なりブーは晴れ男の日本代表くらいのレベルなのできっとその綺麗な姿を見せてくれることと思います

      ぜひ意義深く楽しく美味しく、そしてオサレに鹿児島の楽しい暮らしを考えシェアしてみませんか?!

      カテゴリ:社会・政治 | 01:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
      今年も「思い出すべき日」
      0

        今日、8月15日は日本にとって73周年目の「終戦の日」ですね

        毎年この日はお盆中ということで、それぞれのご家庭にとってはご先祖様がお家の仏壇に帰ってこられる日として家族で集まったりして多くの日本人にとっては「終戦の日」はテレビで式典を観ることだったりニュースとして知ることだったりの場合が多いかもしれませんね

        今年もまからずやで事務局をさせていただいている「広馬場通り戦災鎮魂慰霊の会」の今年の会報発送作業がやっとのことでお盆前ぎりぎりの10日に終了させていただいたのでした(例年より1週間ほど遅れてしまいました)

         

        今年の慰霊祭とそのなおらい会の様子は、今年も6月20日のこのブログ記事「わずか73年前」でも書かせていただいたのですが...

         

        今年の会報内で春成幸男代表が書かれたとおり、今年の6月のこの慰霊祭には昨年の7月と12月にNHK全国放送で大変な反響を呼んだ企画「祖父が遺した戦争、米軍カメラマンのよみがえる記録」のその米軍カメラマンのお孫さんにあたられるハインリッヒ・スコットさんご一家がわざわざ駆けつけてくださったのです

        スコットさんも人の命は戦勝国も敗戦国も関係なく一つひとつ同じに尊いものだと解っているからこそ、こうして春成代表にも敬意をはらい、おじいさまからの縁を大切にしておられるのだと思うのです

         

        そして今回の会報送付の中には、全国の慰霊の会会員の皆様に加えて、このNHKの番組をみられて春成氏に直接お問い合わせをいただいた皆様10名ほども含まれていました

        「戦争」は過去の悲惨な事実としても、こうして時代が変わっていってもその事実から学んだ大切なことを時代を超えてもずーっとリレーをしていくことがどれだけ大切なのかは、戦争の勝利国でも敗戦国でも同じ貴重であることには違いないのかも知れません

         

        今年は自分の忙しさにかまけての会報の制作と発送遅れをお盆前にどうにか今年も終了することが出来て一息つきながら、また終戦の日を迎えてそんなことを改めて心の中で再確認をするのです

        カテゴリ:社会・政治 | 12:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
        かくさどん(どん)
        0

          今日から8月、夏真っ盛り!! 東京の方々があまり観ていないらしいNHK大河ドラマの「SEGODON」もストーリーが維新に近づいてきたし、ということで超少子高齢化による既存型経済の縮小に加えて、異常気象により多発する豪雨災害や変な軌道の台風、殺人的な猛暑の影響もあったりで、今年は全国の小売業やサービス業の経営環境も加速度的に厳しくなってきているなぁ、なんて感じる今日このごろですが...

           

          そんな中、最近の九州におけるいろいろな視点からの福岡市の先進・突出ぶりがすごいと感じるのです

          産学官民のコラボでプラットフォーム構築でのセクショナリズム(それぞれに分けられた分野)を飛び越えて、今までの地域総生産だとか、既存の指標の数値だけで観てとることのできない、つまり形のない「コト」や「人材」のような財産だったりとかでの今までの価値観や尺度ではなかなか目に見えない視点からみていて福岡市のその独走(独創?)ぶりは素晴らしく、他の地方都市との「格差」が恐ろしくついちゃってる気がしてならないのです

          特にオジさんたちがついていけないのが「プラットフォーム」の発想、例えば「超少子高齢化」にともなう医療や介護の未来のあり方、一つの問題を解決していくのに今までの既存の切り口だけでは絶対に道は見つからず、パラダイム(枠組み)を一度はずしてから多面的、水平的思考でのビジョンを持ち、ビッグデータやIoTを駆使してソリューション(解決法)を見いだしていく...みたいな発想

           

          しかもその構築プロセスにはどんだけぇ〜多彩な視点の人々を巻込んでいけるのかかが大切なのだとか...

          プラットフォームがうまく機能するためには今までは考えも及ばなかった複雑な要素が絡み合ってたり、全く今まで存在しなかった視点からの複合的コラボのアプローチが必要となってますよね

           

          でもそうして福岡のように国内のいくつかの地方都市がそれぞれの様々なジャンルの人材を生かし地域特性を発掘し磨き上げ地域間競争に勝ち抜き「突出自立」していく、日本国内にそんな拠点集約地方都市がいくつかできた結果、日本の形は次の新時代対応型にリストラクチャー(再度構築)される、とそう確信するのです

          ちなみに「福岡市」☜のウェブサイト(ホームページ)はコンテンツも視点もユーザー目線にちゃんと更新されているし、今の若者達はパソコンではなく情報収集の8割以上スマホなどのガジェット(端末機)利用だということをちゃんと当たり前に認識して見やすいようにオサレにデザインしてます!!

           

          コンテンツ(内容)の新規性やセンスは当たり前ですが、発信したいことをつらつらと書き込んでいるだけの文字だけで「見たい・読んでみようかなぁ」と思えるようなデザインセンスのないウェブはもう社会に受け入れられない時代だと思うのです

           

          そして「県」とか「市」とか言う概念だけで「予算をつけて執行して」という事業プロセス自体が今のイノベーションを必要とされる時代にそぐわなくなってきていると感じるのです、そんな現象をしっかり直視してこれからの幸福感のイメージを産学官民で共有し、その中でのそれぞれのセクターの強みや役割を徹底して整理し「プラットフォーム化」を実現しつつあるのが九州では福岡市だということなのです

           

          今の時代、ウェブ自体がその組織や考え方の「体(てい=実態)」を表すといわれますが、まさに福岡市、そして大分市のウェブなどは誰にどんな風に情報を出したいかをちゃんとみてとれるという意味でもコンテンツ・デザインもイケてますね!!

           

          そしてLINEが東京と福岡の2カ所に本社を置くのもライン自体は元は韓国企業グループということもあるのでしょうが、福岡は真面目に本気で自らをアジアの拠点だからと位置づけてそのマインドをLINEと共有しアクションしているからですよね、だから当然福岡市は「LINE@」なんかも情報発信にうまくオサレに使ってるし、これも単に「役所が中心」という形ではない有機的ネットワークの多彩な形とその意義をイメージできているからかも知れませんね?!

           

          ミレニアルズ世代だけに限らず、日本人にとって「格差が見えずに進む」一番の理由は「経済」とか「貨幣」というメルクマール(指標)だけで幸福感を計れなくなってしまうくらい世の中の人々の価値観が多彩になっているということだと思うのです

           

          そしてもう一つ、変化した価値観の根底にあるのは日本のように世界が憧れるほど国民の所得格差なく経済的に「豊(ゆたか)」な社会になっても、多くの人々がそれだけでは幸福感を実感できていないということが解ってきてしまったということなのではないのでしょうか?

          これは福岡市の「スタートアップカフェ」イケてる街「大名」の大名小学校跡をリノベーションで作り上げたアジアに向けた「プラットフォーム」当然、どっかのコピーでも予算消化事業でもないし、本気度がちゃんと伝わっているし当たり前にオサレだからこそ本当にその意味が分かり共感できる人材たちがアントレプレナー(起業家)として集まっているわけですよね?!

           

          つまりそんな多様化する「幸福感」を多彩に満たせる「経済」以外の分野やライフスタイルの多様化に対応して「多彩な幸福感の提供」をできているのが、九州内の地方都市では「福岡」が圧倒的にリードしていると感じるのです

          本当に感じるのは日本の地方都市をはじめとするすべての組織の中での特に「年功序列」と「男性社会」などに因する硬直化が足下にある幸福感を見えなくしている気がしてならないのです、でも逆にいうと自立したリテラシーを持つ住民達が増えてくると簡単に社会の流れは代わる可能性も大いにあるということだと思うのです

           

          今までの既成概念や前例での地域戦略の延長では、未曾有の「超少子高齢化」社会を生き残れるはずはないのに、IoT(コトやモノがインターネットと連動する状態)やICT(情報伝達やコミュニケーションのための技術)と口では言いながらまったくそれを手段として利用したりするリアリティを自らがイメージできない、だからもちろんアクションもしないままなんとなく今までのパターンで暮らしているうちに、リテラシーが高く独自のビジョンと戦略を持つ地域と旧態依然とした地域とは目に見えない格差が加速度的に開いていってる感がすごいのです

          例えば現象の一例でいうと福岡市と他の地方都市を比べて福岡市の方が都市集積はとても大きくGDP(Gross District Product:「地域内総生産」)も高く中心部は人口も集中して都市化しているのに、その交通アクセスはどこからでも良好で、しかも居住費(家賃等)が本当に安い、その結果、福岡は全国21主要都市の中で起業率がナンバー1でありそんな人材達同士もシナジー(連携相乗効果)が高いことなど...

           

          多分、ソフト面の差が開いていることが現象として見えるようになってくると地域間競争では完全に周回遅れですよね

          でもこれは行政だけの責任ではなく、変化をすることが今の組織を維持できないと判断してしまう、産学官民それぞれのセクターの組織の幹部のマインドにある気がするのです、そのマインドの一要素としてダイバーシティ対応なんかも必要なのだということになるのかも知れませんね

          「明治維新150周年」のノスタルジーに酔いしれてよその成功例の上っ面マネゴトとかしてるうちに、そんなマルチな地域間競争で周回おくれになってから次の世代にバトンを渡すリレーだけは絶対にしたくないと思ってしまう今日この頃なのです

           

          政治屋さんたちも次の選挙のためにと大票田の年寄層のご機嫌だけをうかがって、今までと代わらない感覚で地域ガバナンスを繰り広げていたならば、知らないうちに見えない格差がどんどん開く...このツケは次の時代を生きる若者達にとってものすごい大きなハンデになってしまう気がしてなりません

           

          危機管理のICTもIoTにしてもそして地域のガバナンスすべてにおいて鹿児島にとっても「150周年」は150年前の薩摩の若者達が持っていたその進取の精神を再度思い出し、国内のみならずアジア地域のリーディングエリアとしてのマインドとリテラシーを再度鼓舞する絶好の機会なのかもしれませんね?!

           

          またまた、多分最後まで読む方がほとんどいないであろうながーい文章を書いてしまいました...(反省・ポテチン!!)

          カテゴリ:社会・政治 | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
          わずか73年前
          0

            今年も鹿児島を大空襲が襲った6月17日がやってきて、慰霊祭そしてなおらい会を開催させていただきました

             

            そして今年15回目を迎えたこの慰霊祭・なおらい会を見ていて、そのご家族を含む多くの人々の断末魔(だんまつま)を目の当たりにされた方々がその体験をお互いに語り合いながら、永久の平和を誓い合う方々の人数が本当に減ってきて、とても寂しく思うと同時に、毎年その体験をムダにしないための自分なりの役割の重さも毎年重くなってきていると感じるのです

             

            慰霊祭の冒頭には昭和20年の大空襲当時に、このそばに工場を構えておられたセイカ食品蠅気泙龍明邁馗垢茲蝓峭馬場通り戦災鎮魂慰霊の会」を代表してご挨拶をいただき、そして慰霊の会の春成幸男代表より慰霊の言葉をいただきました

            戦地に赴く前に最後の別れをしに鹿児島にたまたま帰ってきていた春成代表は20歳だった73年前のこの6月17日、夜11時くらいからの大空襲によって、この広馬場通りにあった防空壕の中で一夜にしてご両親そしてご兄弟を含む一家7人を一夜にして失いそのなきがらをご自身一人で荼毘(だび)にふされたのです

             

            春成さんと接していると、人は本当にどうしようもない悲しさや決して納得できない不条理なむなしさを経験して、壮絶な体験というにも足りない、悲しい体験を乗り越えてこられるとこんなにも大きく優しく強くなれるものなのかなぁ...といつも感じてしまうのです

             

            東京からこの会のために毎年来てくださる春成氏の顧問弁護士の宗村先生がどんな事情があろうとも「尊い人の命を奪う戦争だけは避けるべき」というお話をされながら「法律家という立場であってもちょっと前のアメリカと北朝鮮の交渉が行き詰まると戦争を避けられないんじゃないかとあきらめそうになることもあった」

             

            というものすごい「人」として正直な心情を語ってくださりました、そのことが逆に一国が戦争への動きを止められなくなる危険性がいつもすぐそばにあるのだということを教えていただいた気がしました

            わずか73年前に多くの愛するべき人々の尊い命がその家族や友人達の目の前で一瞬にして奪い去られた、そんな戦争体験者の皆さまのトラウマを私たちは必ず共有して未来永劫、同じ過ちを二度と繰り返さないように繋いでいく役目があると思うのです

             

            筆舌に尽せないほど壮絶だった戦火の中を生き延びてくださった先輩たちがいてくださり、私たちがこうして生きているということは、ある意味本当に奇跡だとも思うのです、そのことに心から感謝しつつ毎年この慰霊祭は続くのです

            カテゴリ:社会・政治 | 16:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
            | 1/88PAGES | >>