今年も「思い出すべき日」
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    今日、8月15日は日本にとって73周年目の「終戦の日」ですね

    毎年この日はお盆中ということで、それぞれのご家庭にとってはご先祖様がお家の仏壇に帰ってこられる日として家族で集まったりして多くの日本人にとっては「終戦の日」はテレビで式典を観ることだったりニュースとして知ることだったりの場合が多いかもしれませんね

    今年もまからずやで事務局をさせていただいている「広馬場通り戦災鎮魂慰霊の会」の今年の会報発送作業がやっとのことでお盆前ぎりぎりの10日に終了させていただいたのでした(例年より1週間ほど遅れてしまいました)

     

    今年の慰霊祭とそのなおらい会の様子は、今年も6月20日のこのブログ記事「わずか73年前」でも書かせていただいたのですが...

     

    今年の会報内で春成幸男代表が書かれたとおり、今年の6月のこの慰霊祭には昨年の7月と12月にNHK全国放送で大変な反響を呼んだ企画「祖父が遺した戦争、米軍カメラマンのよみがえる記録」のその米軍カメラマンのお孫さんにあたられるハインリッヒ・スコットさんご一家がわざわざ駆けつけてくださったのです

    スコットさんも人の命は戦勝国も敗戦国も関係なく一つひとつ同じに尊いものだと解っているからこそ、こうして春成代表にも敬意をはらい、おじいさまからの縁を大切にしておられるのだと思うのです

     

    そして今回の会報送付の中には、全国の慰霊の会会員の皆様に加えて、このNHKの番組をみられて春成氏に直接お問い合わせをいただいた皆様10名ほども含まれていました

    「戦争」は過去の悲惨な事実としても、こうして時代が変わっていってもその事実から学んだ大切なことを時代を超えてもずーっとリレーをしていくことがどれだけ大切なのかは、戦争の勝利国でも敗戦国でも同じ貴重であることには違いないのかも知れません

     

    今年は自分の忙しさにかまけての会報の制作と発送遅れをお盆前にどうにか今年も終了することが出来て一息つきながら、また終戦の日を迎えてそんなことを改めて心の中で再確認をするのです

    カテゴリ:社会・政治 | 12:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
    かくさどん(どん)
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      今日から8月、夏真っ盛り!! 東京の方々があまり観ていないらしいNHK大河ドラマの「SEGODON」もストーリーが維新に近づいてきたし、ということで超少子高齢化による既存型経済の縮小に加えて、異常気象により多発する豪雨災害や変な軌道の台風、殺人的な猛暑の影響もあったりで、今年は全国の小売業やサービス業の経営環境も加速度的に厳しくなってきているなぁ、なんて感じる今日このごろですが...

       

      そんな中、最近の九州におけるいろいろな視点からの福岡市の先進・突出ぶりがすごいと感じるのです

      産学官民のコラボでプラットフォーム構築でのセクショナリズム(それぞれに分けられた分野)を飛び越えて、今までの地域総生産だとか、既存の指標の数値だけで観てとることのできない、つまり形のない「コト」や「人材」のような財産だったりとかでの今までの価値観や尺度ではなかなか目に見えない視点からみていて福岡市のその独走(独創?)ぶりは素晴らしく、他の地方都市との「格差」が恐ろしくついちゃってる気がしてならないのです

      特にオジさんたちがついていけないのが「プラットフォーム」の発想、例えば「超少子高齢化」にともなう医療や介護の未来のあり方、一つの問題を解決していくのに今までの既存の切り口だけでは絶対に道は見つからず、パラダイム(枠組み)を一度はずしてから多面的、水平的思考でのビジョンを持ち、ビッグデータやIoTを駆使してソリューション(解決法)を見いだしていく...みたいな発想

       

      しかもその構築プロセスにはどんだけぇ〜多彩な視点の人々を巻込んでいけるのかかが大切なのだとか...

      プラットフォームがうまく機能するためには今までは考えも及ばなかった複雑な要素が絡み合ってたり、全く今まで存在しなかった視点からの複合的コラボのアプローチが必要となってますよね

       

      でもそうして福岡のように国内のいくつかの地方都市がそれぞれの様々なジャンルの人材を生かし地域特性を発掘し磨き上げ地域間競争に勝ち抜き「突出自立」していく、日本国内にそんな拠点集約地方都市がいくつかできた結果、日本の形は次の新時代対応型にリストラクチャー(再度構築)される、とそう確信するのです

      ちなみに「福岡市」☜のウェブサイト(ホームページ)はコンテンツも視点もユーザー目線にちゃんと更新されているし、今の若者達はパソコンではなく情報収集の8割以上スマホなどのガジェット(端末機)利用だということをちゃんと当たり前に認識して見やすいようにオサレにデザインしてます!!

       

      コンテンツ(内容)の新規性やセンスは当たり前ですが、発信したいことをつらつらと書き込んでいるだけの文字だけで「見たい・読んでみようかなぁ」と思えるようなデザインセンスのないウェブはもう社会に受け入れられない時代だと思うのです

       

      そして「県」とか「市」とか言う概念だけで「予算をつけて執行して」という事業プロセス自体が今のイノベーションを必要とされる時代にそぐわなくなってきていると感じるのです、そんな現象をしっかり直視してこれからの幸福感のイメージを産学官民で共有し、その中でのそれぞれのセクターの強みや役割を徹底して整理し「プラットフォーム化」を実現しつつあるのが九州では福岡市だということなのです

       

      今の時代、ウェブ自体がその組織や考え方の「体(てい=実態)」を表すといわれますが、まさに福岡市、そして大分市のウェブなどは誰にどんな風に情報を出したいかをちゃんとみてとれるという意味でもコンテンツ・デザインもイケてますね!!

       

      そしてLINEが東京と福岡の2カ所に本社を置くのもライン自体は元は韓国企業グループということもあるのでしょうが、福岡は真面目に本気で自らをアジアの拠点だからと位置づけてそのマインドをLINEと共有しアクションしているからですよね、だから当然福岡市は「LINE@」なんかも情報発信にうまくオサレに使ってるし、これも単に「役所が中心」という形ではない有機的ネットワークの多彩な形とその意義をイメージできているからかも知れませんね?!

       

      ミレニアルズ世代だけに限らず、日本人にとって「格差が見えずに進む」一番の理由は「経済」とか「貨幣」というメルクマール(指標)だけで幸福感を計れなくなってしまうくらい世の中の人々の価値観が多彩になっているということだと思うのです

       

      そしてもう一つ、変化した価値観の根底にあるのは日本のように世界が憧れるほど国民の所得格差なく経済的に「豊(ゆたか)」な社会になっても、多くの人々がそれだけでは幸福感を実感できていないということが解ってきてしまったということなのではないのでしょうか?

      これは福岡市の「スタートアップカフェ」イケてる街「大名」の大名小学校跡をリノベーションで作り上げたアジアに向けた「プラットフォーム」当然、どっかのコピーでも予算消化事業でもないし、本気度がちゃんと伝わっているし当たり前にオサレだからこそ本当にその意味が分かり共感できる人材たちがアントレプレナー(起業家)として集まっているわけですよね?!

       

      つまりそんな多様化する「幸福感」を多彩に満たせる「経済」以外の分野やライフスタイルの多様化に対応して「多彩な幸福感の提供」をできているのが、九州内の地方都市では「福岡」が圧倒的にリードしていると感じるのです

      本当に感じるのは日本の地方都市をはじめとするすべての組織の中での特に「年功序列」と「男性社会」などに因する硬直化が足下にある幸福感を見えなくしている気がしてならないのです、でも逆にいうと自立したリテラシーを持つ住民達が増えてくると簡単に社会の流れは代わる可能性も大いにあるということだと思うのです

       

      今までの既成概念や前例での地域戦略の延長では、未曾有の「超少子高齢化」社会を生き残れるはずはないのに、IoT(コトやモノがインターネットと連動する状態)やICT(情報伝達やコミュニケーションのための技術)と口では言いながらまったくそれを手段として利用したりするリアリティを自らがイメージできない、だからもちろんアクションもしないままなんとなく今までのパターンで暮らしているうちに、リテラシーが高く独自のビジョンと戦略を持つ地域と旧態依然とした地域とは目に見えない格差が加速度的に開いていってる感がすごいのです

      例えば現象の一例でいうと福岡市と他の地方都市を比べて福岡市の方が都市集積はとても大きくGDP(Gross District Product:「地域内総生産」)も高く中心部は人口も集中して都市化しているのに、その交通アクセスはどこからでも良好で、しかも居住費(家賃等)が本当に安い、その結果、福岡は全国21主要都市の中で起業率がナンバー1でありそんな人材達同士もシナジー(連携相乗効果)が高いことなど...

       

      多分、ソフト面の差が開いていることが現象として見えるようになってくると地域間競争では完全に周回遅れですよね

      でもこれは行政だけの責任ではなく、変化をすることが今の組織を維持できないと判断してしまう、産学官民それぞれのセクターの組織の幹部のマインドにある気がするのです、そのマインドの一要素としてダイバーシティ対応なんかも必要なのだということになるのかも知れませんね

      「明治維新150周年」のノスタルジーに酔いしれてよその成功例の上っ面マネゴトとかしてるうちに、そんなマルチな地域間競争で周回おくれになってから次の世代にバトンを渡すリレーだけは絶対にしたくないと思ってしまう今日この頃なのです

       

      政治屋さんたちも次の選挙のためにと大票田の年寄層のご機嫌だけをうかがって、今までと代わらない感覚で地域ガバナンスを繰り広げていたならば、知らないうちに見えない格差がどんどん開く...このツケは次の時代を生きる若者達にとってものすごい大きなハンデになってしまう気がしてなりません

       

      危機管理のICTもIoTにしてもそして地域のガバナンスすべてにおいて鹿児島にとっても「150周年」は150年前の薩摩の若者達が持っていたその進取の精神を再度思い出し、国内のみならずアジア地域のリーディングエリアとしてのマインドとリテラシーを再度鼓舞する絶好の機会なのかもしれませんね?!

       

      またまた、多分最後まで読む方がほとんどいないであろうながーい文章を書いてしまいました...(反省・ポテチン!!)

      カテゴリ:社会・政治 | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
      わずか73年前
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        今年も鹿児島を大空襲が襲った6月17日がやってきて、慰霊祭そしてなおらい会を開催させていただきました

         

        そして今年15回目を迎えたこの慰霊祭・なおらい会を見ていて、そのご家族を含む多くの人々の断末魔(だんまつま)を目の当たりにされた方々がその体験をお互いに語り合いながら、永久の平和を誓い合う方々の人数が本当に減ってきて、とても寂しく思うと同時に、毎年その体験をムダにしないための自分なりの役割の重さも毎年重くなってきていると感じるのです

         

        慰霊祭の冒頭には昭和20年の大空襲当時に、このそばに工場を構えておられたセイカ食品蠅気泙龍明邁馗垢茲蝓峭馬場通り戦災鎮魂慰霊の会」を代表してご挨拶をいただき、そして慰霊の会の春成幸男代表より慰霊の言葉をいただきました

        戦地に赴く前に最後の別れをしに鹿児島にたまたま帰ってきていた春成代表は20歳だった73年前のこの6月17日、夜11時くらいからの大空襲によって、この広馬場通りにあった防空壕の中で一夜にしてご両親そしてご兄弟を含む一家7人を一夜にして失いそのなきがらをご自身一人で荼毘(だび)にふされたのです

         

        春成さんと接していると、人は本当にどうしようもない悲しさや決して納得できない不条理なむなしさを経験して、壮絶な体験というにも足りない、悲しい体験を乗り越えてこられるとこんなにも大きく優しく強くなれるものなのかなぁ...といつも感じてしまうのです

         

        東京からこの会のために毎年来てくださる春成氏の顧問弁護士の宗村先生がどんな事情があろうとも「尊い人の命を奪う戦争だけは避けるべき」というお話をされながら「法律家という立場であってもちょっと前のアメリカと北朝鮮の交渉が行き詰まると戦争を避けられないんじゃないかとあきらめそうになることもあった」

         

        というものすごい「人」として正直な心情を語ってくださりました、そのことが逆に一国が戦争への動きを止められなくなる危険性がいつもすぐそばにあるのだということを教えていただいた気がしました

        わずか73年前に多くの愛するべき人々の尊い命がその家族や友人達の目の前で一瞬にして奪い去られた、そんな戦争体験者の皆さまのトラウマを私たちは必ず共有して未来永劫、同じ過ちを二度と繰り返さないように繋いでいく役目があると思うのです

         

        筆舌に尽せないほど壮絶だった戦火の中を生き延びてくださった先輩たちがいてくださり、私たちがこうして生きているということは、ある意味本当に奇跡だとも思うのです、そのことに心から感謝しつつ毎年この慰霊祭は続くのです

        カテゴリ:社会・政治 | 16:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
        果てしない大隅(Vol.2)「次の時代のまち」
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          鹿児島県のもう一つの半島の「大隅半島」、本当に自然の宝に恵まれた素晴らしいスポットが沢山で、毎回訪れるたびにその自然や食材などにも感動してばかりいるのですが...

          当然、今の日本全国の地方都市の一番の喫緊の課題である「超少子高齢化」の波が容赦なくこの鹿児島県の大隅半島のまちにも襲いかかっていることはいうまでもありません

           

          その意味でも今回の錦江町からの帰り道、どうしても寄って自分の目で見て体感したかったスポットがあったのです

           

          この右の写真のエメラルドグリーンの海の砂浜に立つ鳥居の神社、今やコマーシャルやプロモーションビデオでもそしてインスタスポットとしても超有名ですが、鹿屋(かのや)市の「荒平天神(菅原神社)」、のすぐそばの海沿いのこの小学校

          それはスプロール現象(街の中心部の集積がドーナッツ化して分散することにより街の経済的な活気がなくなっていく状態)の鹿屋市(かのや)の街はずれの海沿いに位置する「鹿屋市立菅原小学校」の跡地を利用したゲストハウス「ユクサおおすみ海の学校」なのでした

           

          120年の歴史を誇りながら平成25年3月で廃校になった「鹿屋市菅原小学校」、実はこの財産に目をつけた鹿屋市を拠点に活躍するイケてる若者たちがいるのです

           

          そして実は僕ちゃんもそのクラウドファンディングに些少ながら寄付させていただいて、このユクサおおすみ海の学校の「ちょっとだけ支援者気分」なっちゃったりしてたりするんです

           

          校内に入ってスタッフの方にちゃんと撮影許可をいただいて最初に撮ったのがこのシャワーと洗濯場の「サイン(表示看板)」これを観ただけで、この施設にかかわっている人々のオサレ度がすぐわかってしまいますよね!!

           

          実はこの廃校になった小学校跡地を「ゲストハウス」にするプロジェクトで超イケてる若者たちがここに住み込みながら手作りで少しずつリノベーションをし続けているのです

          そして「おおすみ食堂 さのぼい」当然児童たちが使用していたこんな椅子と机で向かい合って食事をしたら明るい会話も弾み食事もおいしくなりますよね〜、ちなみにこの食堂は今は試験的スタートメニューで種類はまだ少なめでしたが、この辺りの食材といえば海のモノも山のモノも、そしてお肉も全国への供給拠点として最高の素材ばかりなのです(近々の全館オープンが超たのしみですよね?!)

          公社正面入り口の前に位置する、ここからごだわりセレクトしたカカオの豆の焙煎から製造を行い販売をするというチョコレート工場「キートス」さん...超カッケーですよね?!

            

          過疎化に悩む日本国内の地方都市の中で、最先端を行く成功例が圧倒的に多い「リノベーション」を手法とするまちづくりですが、新しい建物やハコものを作ってもこれからの縮小経済ではその回収の持続性や確実性がみえないことから、今残された「ハコ」を活かすという単純な発想のみならず、かつてそこに人々が集い、歴史を重ねてきたその場所や建物だからこそそのストーリーつまり「コト」自体が資産であるというヨーロッパ的な発想に価値観の流れがシフトしつつあるのが今の若者たちのリノベーションの根底にある発想なのです

           

          まちの魅力はハコモノでもエンターティメントだけでもなく、なんといってもそこで自治意識を持ちながら自分が楽しく住みたいまちを自ら作ろうという人材たちの存在、そしてそんな活動こそがまた人をひいてくるのだとそう思うのです

          ここでいただいたこのフライヤー(チラシ)やブローシュ(ミニカタログ)のデザインもそのディテールまで一つひとつが憎いほどイケてて素晴らしいのです、つまりこんなデザインされた情報はイケてる人たちに対してもとても到達力があるということですよね

           

          そしてここ「ユクサおおすみ海の学校」のリノベーション中の若者たちの目の輝いていて楽しそうで自信にあふれていること

          何かを犠牲にしつづけなければ「モノを買うお金」を得られない、それも経済ですが...これからの若者たちの中には、こんな素晴らしい自然や景色に囲まれて、家族との生活でストレスを少なく自分らしくいられるすこしゆめやかな時間軸での生活、そんな暮らしが一番「幸せ」を感じるという価値観の方々も多く、地方都市にはそんな環境を求めてゲストとしてきている人々もとても多いのだということもオッサンたちは忘れてはならないのと思うのです

           

          つまり時代は確実に変わりつつあり、僕ちゃんらオッサンたちの通り一辺倒の「経済的価値観」はすでに万能ではないということなのです、そんなとても斬新かつ本質的なことも教えてくれるこの鹿児島県の大隅半島でもあるのです

          カテゴリ:社会・政治 | 04:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
          一言も聞き漏らさずに
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            また今年ももうすぐ6月17日の鹿児島大空襲の日がやってきます

            今から73年前、昭和20年の6月17日の午後11時くらいから来襲してきた百数十機を超える米軍のB29機による「鹿児島大空襲」、闇夜の空からナパーム(焼夷弾)が130万発ばらまきおとされて、鹿児島市内はまさに火の海となり2,316名の尊い命が一夜にして奪われたのでした

             

            その中で鹿児島市内の広場場通りにあった防空壕で一家7人の家族を一夜にして奪われた春成幸男さん...この昭和20年の鹿児島大空襲の時に20歳、そして現在92歳

            でもお宅で一緒にお食事しながら話をしていても、ダンディでいて実に優しくていつも配慮に満ち溢れておられ、しかも頭が良くて記憶力も素晴らしいのです

             

            もともとこの堀江町界隈で大店(おおだな)の息子さんとして生まれたものの、この空襲で財産どころか両親を含む家族も奪われてしまい、すべての無念さや悲しさややるせなさを体験され、その後自分自身を「生かされし命」として切磋琢磨され日本を代表する企業家としてひたすら駆け足で頑張られ経済人として大成功をも納められてきた「春成幸男」さんなのです

            本当の大きな包容力ややさしさ、そして思いやりを持っている人というのはこんな方のことをいうのだろうなぁといつも感じるのです、それは春成さんがどれだけの絶望、つらいこと、どうしようもない悲しさや苦しさ、そして本当に大切なものを取り戻すための壮絶な努力の人生を歩んでこられたからこそ、持ちあわせていらっしゃる「真の強さ」との表裏だと確信するのです

             

            春成さんのご自宅でいただくお食事はいつも美味しい「薩摩郷土料理」、美味しくて楽しくて、今回もついつい長居をしてしまいました

             

            本当にこんな尊敬できる偉大な「人」と知り合うことができて自分はどんなにか恵まれているのだろうと心からいつも感じながら、お会いする時間中ずーっと春成さんの一つひとつの言葉を「宝」だと思いつつ胸に刻むのです

             

            今年もまたこの梅雨の時期、私たちが忘れずに語り継いでいくべき6月18日に、そんな春成幸男さんが代表を務められ主催される「広場場通り戦災鎮魂慰霊の会」の15回目の慰霊祭が山形屋パーキング前の石碑前にて開催されます

            カテゴリ:社会・政治 | 01:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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