Sir."Doo-Wup" Uchida
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    日本のドゥワップ(Doo-Wup)の第一人者として君臨し続けていた「内田正人」さんが2月17日、享年82歳で亡くなられました

     

    「ドゥワップ」自体は僕ちゃんが生まれる7〜8年前の1950年頃からアフリカ系のアメリカ人たちによって教会で歌われていたゴスペルから派生して大ブームを迎えたスキャットコーラスとして日本だと1970年代中半くらいからシャネルズや山下達郎さんなんかでも聞き慣れているみなさんもとても多いと思うのですが...

    そのさらに前の時代、僕ちゃんが小学6年生だった1968年の5月から翌年にかけて大ヒットした「グッドナイトベイビー」といえば今の60歳くらいから上の方だと誰でも知っている「キングトーンズ」の代表名作ですよね

     

    実はこのキングトーンズはアメリカで生まれたのと時をほぼ同じくして1950年代の終わりから日本で活動を始めた筋金入りのドゥーワッパーたちで、しかも鹿児島のいちき串木野出身で鹿児島を中心に活躍されているドゥーワッパー「ジミー入枝(いりえだ)」さんはこのキングトーンズの内田正人さんが唯一受け入れた弟子なのです

    フジロックフェスの舞台で右が内田正人さん、左はジミー入枝さんですが、僕が本当に泣いてしまったこのステージを終えて鹿児島に帰ってきたジミーちゃんから直接お聞きした話...

    2005年からあのフジロックフェスティバルに「キングトーンズ featuring ジミー入枝」として3年間参加されたのですが、その前年2004年に内田さんは脳梗塞に倒れ、1年間のリハビリを経てこのステージに唯一の弟子のジミーちゃんと一緒に立たれ歌われたのです

     

    そのステージが終わると同時に内田さんは精根尽き果てて、ジミーちゃんがお姫様抱っこをしたままステージから楽屋までつれていく途中、クレージーケンバンドの楽屋があり、その前にリードヴォーカルの「横山剣」さんがたっておられ、そのジミーちゃんが抱いて通り過ぎる内田さんにずーっと最敬礼をされていたのだそうです...素晴らしい話ですよね?!

    あのクレージーケンバンドの横山剣さんもひたすらリスペクトをしていたのがキングトーンズのヴォーカルの内田正人さんだったのです

    その透き通るスカイテナーの内田さんの声は、今聞いても色あせることなくムードと色気に溢れてて美しすぎて涙が出ますよね

     

    日本のドゥワップのレジェンドとしていつまでも輝きを失うことのないであろう内田さんの「あの名曲」を聴きながら、魂の安らかならんことを祈りつつ、その直系の唯一の弟子でもあるジミーちゃんのドゥワップライブを一段と心待ちにしてしまう今日この頃なのです

    カテゴリ:音楽 | 22:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
    O Freunde!!(おお友よ!!)
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      12月16日、日曜日の夕方16時から今年で第34回目(34年目)となる鹿児島の年末の風物詩「かごしま県民第九演奏会」が鹿児島市内の宝山ホールで開催されました

       

      僕ちゃんにとって「かごしま県民第九合唱団」としての合唱は今回、生涯で7回目だったのでした

      今年は日本で初めてベートーベンの第九交響曲が演奏されて100年目となる記念すべき年、初演は第一次世界大戦後の1918年6月、徳島県鳴門市の俘虜(ふりょ)収容所にいた約1000名のドイツ兵たちの中からの有志による演奏だったのです

       

      これは15日夕方、前日の「ゲネプロ(ゲネラルプローベ)」と呼ばれる、指揮者、ソリスト、オーケストラの皆さん全員で本番さながらの練習の風景です、そしていつも心から感謝するのはボランティアとしてこの合唱団のお世話を34年間にわたりしてくださっている下野おねえさま田鍋おにいさまはじめ、いつも笑顔の素敵なお世話係のみなさま

       

      会場となる鹿児島市内の宝山ホール横に立つ軍服姿の「せごどん」は1年間の大河ドラマを終えられて、僕ちゃんには心なしかホッとした感じの表情に観てとれました😊

      今回の指揮者はウィーン在住で札幌交響楽団の指揮者でもある垣内悠希(かきうちゆうき)さん、ソリストは全員鹿児島県出身でライジングスターの若い方々でソプラノに平田由希さん、アルトに北薗彩佳さん、テノールに大平倍大(ますひろ)さんそしてバリトンにいつも合唱指導でもお世話になっている片倉先生の息子さんで「片倉 旭(あさひ)」さん

       

      ちなみに鹿児島は1860年代の前半に日本でもいち早くイギリスに習って「薩摩藩軍楽伝習隊」を結成したり、またその歴史故かクラシック音楽に対する意識はとても高くて、地方都市では極めて希な例として40年近く前から国内最高級のクオリティといわれる「霧島国際音楽祭」を開催し続けていますよね?!

       

      そして本番当日は午後4時の開演に先立ち、再度全体練習があり僕ちゃんらはお昼の12時半に集合がかかったので、僕ちゃんも早めの昼食を済ませて、自宅からこの宝山ホールまで雨の中を約12〜3分ほど歩いて向かいました

       

      本番前、91名の「かごしま県民第九オーケストラ」の皆さんは舞台すそに、そして316名の合唱団も緊張しながら舞台裏の上下4カ所に別れて出番待ちのスタンバイをしています

       

      今年も沢山、大変なことも楽しかったこともありましたが、とりわけ今年はソプラノソリストの平田由希さんのお父様に生前お世話になったという思いと、そして第九伝来100周年の今年は僕ちゃんにとって5歳の時からいっつも頼りっぱなしのジノちゃんご夫妻に感謝の念を込めて「第九」を聴いてもらいたいという思いで2年間さぼっていたこの合唱団に参加を決心したのでした

       

      今年は1曲目に、やはりベートーベン作の「プロメテウスの創造物」を演奏されました、その後に合唱団が入場してベートーベンの1824年の9作目にして最後の作品「第九交響曲」が第1楽章から演奏がスタート、そして第4楽章で合唱が約25分間ほど入るのです

      それにしてもこのベートーベンが作詞したバリトンソロの出だしの部分のこのドイツ語歌詞の内容「おお、友よこの調べではない! もっと快い喜びに満ちた調べを歌い始めよう!」に続くフリードリヒ・フォン・シラーが作ったこの曲の歌詞の世界観のすごいこと!!

       

      シラーが熱心なフリーメイソンリーであったこともあり、選民思想の強い当時のオーストリアでこのような歌詞で演奏される事自体が、実に奇跡というか、多分命をかけて本当の意味での「世界平和への祈り」を曲に乗せて歌い上げたのだと思うのです

       

      そんなシリアスな歌詞を歌いながらも自らもソリストの声やオーケストラの素晴らしい音、そしてそんな歌詞にトリハダをたてて涙を流しながら歌ってしまう情けない仏教徒の僕ちゃん、でもみんなやり切った感の満足げな顔をされていらっしゃいますよね(写真は大学同窓生のミュージシャン藤崎さんが撮ってくださった貴重な一枚!!)

       

      400名からの大合唱とオーケストラの音での「歓喜の歌」は多分テレビで見ててもその音量と迫力は実際の10分の一も伝わってこないと思うのです、だからこそ一番大切な友「ジノちゃん」とも100年目の「歓喜」を絶対にこの会場で共有したかったのです

       

      芸術はどうしようもない苦悩や絶望、それをブレイクスルー(打破)したいと願い続けるそのパワーで出来上がる作品も沢山あり、それを歌いそして聴く人々にも大きな希望や笑顔を与えてくれるものだと確信するのです

       

      今年もこの「かごしま県民第九演奏会2018」の様子は12月31日大晦日の午後3時よりMBC南日本放送で放映されるので、よかったらぜひご覧になってくださいね!!

      カテゴリ:音楽 | 01:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
      疎水溝のリコーダー
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        先々週末は玉龍高校同級生の徳田くんから誘われていた、参加費たった500円の「ランチ付きリコーダーライブ@世界文化遺産」で御台所様の御駕籠之者(おかごのもの:早い話が運転手もしくはアッシー)としてお伴をさせていただいたのでした

         

        この日の「演奏者」徳田くんは冬も半袖しか着用しない季節感とセンスながら(失礼!でも同級生だから笑(はら)って許してっ)、こういった実にオサレでロマンチックで超素敵なライブ空間をプロデュースしちゃうのです

        この日の会場「関吉の疎水溝」ここは鹿児島市内中心部からでも車だと15分くらいでしょうか?

         

        「関吉の疎水溝(せきよしのそすいこう)」は島津斉彬公がその集成館事業(日本の産業革命)の動力源として1852年に築いた鹿児島市内下田町に位置する用水路の一部なのですが、これがまた苔むす岩々とその水の流れもとても美しいスポットなのです

        そんな秋の素敵な水辺での徳田くんのリコーダーライブ...自然の鳥たちのさえずりや揺れる木々の音そして水の音も、それをちゃんと想定して選曲もされており僕ちゃんにも徳田くんにも似合わず、すんごくロマンチックなのでした

         

        徳田くんはもともと音楽の先生だし、リコーダーは谷川賢作さんや日吉一行さんはじめプロミュージシャンともライブもやり慣れているしその音には(目をつむりさえすれば..)とことん浸ることができるのです

        僕ちゃん的には素晴らしい音楽に酔いしれつつも、目を開けると小枝のせいでたまーにリコーダーを演奏する徳田くんがなぜか「サザエさんとこの波平さん」に見えてしまったりするのですが...

         

        でもみなさん本当にいい気分で童謡「七つの子」を徳田くんが演奏すると、ちゃんと空を飛ぶカラスくんたちがカァカァと間の手を入れてくれたりして、またみんなそれで微笑みながらも感動したりして...

         

        演奏が終わるとそのまままたすぐ近くのオサレなカフェ「稲音館(とうおんかん)」さんでランチなのでした

        秋の澄みきった美味しい空気の中、広々とした収穫後の田畑を眺めながらおいしいごはんをいただき最高に幸せで豊かな気持ちに浸ることができました!!

         

        帰りはまたまたこのカフェの横にある「せきよしの物産館」で新鮮なお野菜やこの辺の自然の中で採れたものを素材として作られたお菓子など、いろいろと買って帰りそれをアッという間に胃袋の中に収納してしまった「食欲の秋(てか四季?)」の僕ちゃんなのです

        カテゴリ:音楽 | 01:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
        秋の「賢作&直行Piano Live」@徳田邸
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          10日ほど前になりますが、10月13日土曜日の夜は久しぶりに鹿児島に来てくださった谷川賢作さんと日吉直行さんのピアノライブの日でした

           

          会場はもちろん鹿児島市内の吉野(住所でいうと川上町です)の徳田邸(M's Spapce)、日吉さんとも谷川さんとも久しぶりでまた近くで音も聴けてお話もできるので、ずっと前に予約させていただいてとっても楽しみにして御台所様とお邪魔させていただきました

          この徳田邸でのライブはとにかくいろいろな意味でミュージシャンの方々との距離がちかく、本当にライブスポットとして素晴らしいと感じるのです

           

          ご本人の声も生でも充分聞こえるし、ピアノや楽器の音はもちろん、ミュージシャンの皆さんのその息遣いまで感じられて、まさに「ライブ」とはこんな状態でのパフォーマンス鑑賞のことを言うのかもしれませんね

          まずは日吉直行さんのトークと演奏、素晴らしい才能と感性をもって真摯に音楽と向き合いチャレンジし続けるその真面目な姿には本当に心を揺さぶられます、本当にこの夜のライブで新しいCDを買うまで僕ちゃんは車に乗るときのBGMはずっと日吉さんのCDを聴いていました(そのあと今はこの夜に2人のピアニストと一緒に神戸から飛んでこられたレコーディングのプロの五島さんから買わせていただいた日本のプログレ音楽がお気に入りになりまたそればっかり聴いてますが...(*'▽'))

           

          音楽の基本からしっかりと、そして音楽をサイエンスとして神戸大学で学ばれた日吉さんのピアノはジャンルにとらわれることなく、彼だけの世界観とやさしさで完全なる新境地を開いていると感じるのです

           

          そして日本アカデミー賞やアジア太平洋音楽祭の最優秀音楽賞などの複数回受賞をはじめ、様々な映画音楽やNHKの「その時歴史が動いた」のテーマソングなどの作曲でも有名な、谷川賢作さんのまるで子供が夢で無邪気に大空を自由に飛びまわるような、いつ聞かせていただいても感動してしまうピアノがまたまた超ステキでした!!

           

          さらに、この夜はお2人それぞれのピアノプレイの後はなんとこの徳田邸のピアノでの「連弾」!!

          やっぱりそのリスナーを大切にするエンターティナーとしてのミュージシャン魂は本当にすごいのです

          連弾となると当たり前ですが、当然準備された「楽譜通り」にお2人でユニゾンしたり、たまには鍵盤上で激しく手も交錯(こうさく)したりするということで、この夜の演奏の始まる前は、何度か見させている中でも日吉さんからすると師匠でもある「谷川賢作さん」のお顔が珍しく「普段よりさらに集中されて」いらした気がしました

           

          「谷川賢作」さんのお父様は言わずと知れた日本を代表する詩人「谷川俊太郎」さん、そして「日吉直行」さんは芸術に力を入れる神戸大学で即興演奏や音楽哲学を勉強されて賢作さんに自ら弟子入りをアピールされたこれも唯一無二の世界観のアーティスト

           

          演奏会の後のここでの楽しいお食事会で賢作さんにそのことをすこしコミカルに上から目線で「今日は少し緊張されていたんじゃないですか?」とお伝えしたら、「そんなことはありませんよ」とそしてニコニコ笑いながら「じゃ今度は中尾さんに連弾用の曲を書いてあげましょうかねぇ?!」と「それもめちゃくちゃ手が交錯演奏になるような作品を...」と言われちゃいました(ウレスィー!!(*'▽')

           

          でも賢作さん、そもそもあたいは楽譜も読めんければ、ピアノも弾けんとです(^^ゞ

          この昼間、鹿児島の坂元中学校での演奏をされたお2人ですが、その演奏に感動したその中学生たちもここ徳田邸に来ていました

           

          多感で何でも受け入れられるこんな年頃に、真の本物の方々とこうして直接に触れあえることができるって何よりも素晴らしい体験ですよね!!

          これがここ徳田邸でのライブの醍醐味なのです!! その中学生たちと谷川賢作さんも日吉直行さんも一緒になって楽しく徳田邸のピアノを弾いてしまえる...お二人の人柄とどれだけみんな音楽が好きなのかがよーく伝わってくる素敵な光景ですよね(*^-^*)

          そしてここ徳田邸を訪れる谷川賢作さんファミリーのミュージシャンの方々の胃袋をつかんで離さない、徳田くんの奥様のこの手料理でのアフターファンクション!!


          なぜか僕ちゃんも谷川さん、日吉さんのライブの後には毎回ちゃっかりとご相伴にあずかってしまっちゃったりなんかしちゃってるのです(てへっ(^-^;!!)

           

          素晴らしい感動のピアノ演奏の後に、鹿児島の自然にはぐくまれた素材を手際よくお料理される「本当に美味しすぎる」あつこさんの手料理!!

          この夜も心に残る素敵な夜でした!! 賢作さん、直行さん、そしていっつも話が弾み過ぎて時を忘れてしまうほどウマの合うレコーディング&マスタリングのプロフェッショナルの五島昭彦さん、そしてあつこさん今回も本当に楽しかったです!!

           

          いつも皆さんに心から感謝しつつ、また近々お会いできるのを心よりお待ちしているのことなのです

          カテゴリ:音楽 | 03:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
          100年目の第九
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            先の10月7日日曜日の夜は今年の「鹿児島県民第九合唱団」の結団式の日でした!!

             

            実は僕ちゃんここ2年間この県民第九の合唱をサボっていたのですが、改めて今年また初心に返って再びこの「An die Freude:歓喜の歌」の合唱をしたいと思った理由が2つあるのです

            まず最初の理由は、今年が日本で初めてベートーベンのこの「第九交響曲」が演奏されてちょうど100年であるということ

             

            日本において「第九」が初演奏されたのは第一世界大戦真っ只中の1918年、当時の日本軍は青島(チンタオ)を攻略し5000人近くのドイツ人兵士を捕虜とし、そのうちの1000名が現在の徳島県鳴門市に作られた「坂東俘虜(ふりょ)収容所」に送られ、終戦までをすごしたのです

             

            この収容所の所長を務めた「松江豊寿(まつえ・とよひさ)」氏はすべての捕虜たちを「彼らも祖国のために命をかけて戦った人間である」として、人道に照らし彼らの人権も日本人と全く同じように尊重して現地の住民とここの捕虜ドイツ人の間の交流をも促進させたのでした

             

            その結果、このドイツ人捕虜の皆さんによって結成されたオーケストラによって1918年6月1日に鳴門市で日本で初めての第九演奏が行われたのです

             

            当然松江豊寿氏のその武士道精神はドイツ人をその孫の代に至るまで心を捉え、そしてその後100年を迎える鳴門市の人々とドイツ各地に帰った捕虜の末裔の方々との交流も3世代に渡り続いており、現在も両国の架け橋となっている...素晴らしい話ですよね

            そして2年サボった僕ちゃんが今年「鹿児島県民第九」に参加したいと思ったもう一つの理由は、ソリストの「平田由希」さん...数年前に亡くなられたお父様は、僕ちゃんの玉龍の一つ先輩(お父様は全国大会で何度も活躍している玉龍合唱部OBです)

             

            そして島津重富荘の立ち上がりのときからずーっと面倒をみてくださり、清川オーナーとともにまからずやのブライダルフラワーを育てていただいた方でした

             

            そうそう、この感じ!!この練習場に来ると絶対にスイッチが入ってしまうのです、2年あいて帰ってきてもみんなでカバーし合いながら第九を歌うことを心から愛する優しい心の人々に囲まれての真剣な練習...

             

            やっぱりたった7回目の僕ちゃんでも「この雰囲気で今年もあと2ヶ月をきったんだなぁ、年末ってそう遠くなくしてやってくるぞぉ!」って気分になるのです

            そしてなんといっても鹿児島県民第九が34年目の長きにわたって続けておられるのは、心から敬愛申し上げるこのお二人(左から2番目の女性「下野さん」と僕ちゃんのとなりの「田鍋さん」)のお二人が献身的にそして我慢強く合唱団のお世話をしてくださっているからに他ならないのです(一番左は2014年の時のテノールソリストの「高橋淳」氏です)

            これは日曜「大工」です、てか僕ちゃんより被写体としてT田くんのビンタの方が主役になってますね?! まあソリストが徳Dくんで僕ちゃんが合唱団の一員って感じでしょうか(このたとえはかえって意味わかんないですよね...)

             

            僕ちゃん、ほぼ口パク要員くらいにしかならなくても「枯れ木も山のにぎわい」って言いますものね?!

            それ「なり」に一生懸命100年目の「歓喜の歌」を鹿児島県民第九合唱団の一員として「平田由希」さんのバックでいつもの素敵な先輩たちに導いていただき頑張って歌いたいと思うのです

            カテゴリ:音楽 | 10:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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