花で飾る今回のジャパンウィメンズオープンテニス2018
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    来月9月に広島市で開催される、日本テニス協会主催でWTA(Women's Tennis Association )公認の

    「ジャパンウィメンズオープンテニス2018」

     

    今年は花キューピットグループが冠(かんむり)スポンサーとなり「デコターフ サーフェス」などのコートを含む14面の「国際基準」テニス競技場として、リニュアルしたばかりの広島市の広島広域公園テニスコートで開催されることとなったのです!!

    正式名称はちょっと長いので通称「花キューピットオープン」(☜公式ウェブサイトを観てくださいね!!)として、すでに広島のTVを中心にビリーバンバンPRされておりチケット販売をしています!!

    平和と安らぎを象徴する「花」をこよなく愛する広島市民の皆様を代表され松井市長(真ん中)の熱意、そして日本テニス協会の畔柳(くろやなぎ)会長(左から2人目)の協力なバックアップもいただき、花キューピットグループとして冠スポンサーを引き受けたのです(右から2番目は㈳JFTDの澤田会長、そして右端は花キューピット蠅竜叛郤卍)

     

    ちなみにいらん情報ですが、三菱UFJ銀行の初代頭取で日本テニス協会の畔柳会長は昔っからの無類のプロレスファンだそうですよ!

    そしてもちろん花キューピット会員花店の広島ブロックの皆さんの献身的な協力はもちろん、花キューピットグループを挙げての「花と愛いっぱいの」盛り上げ作戦も計画しているのです

     

    試合内容の放映はWOWOWが9月10日(月)〜16日(日)の全試合を網羅、そして僕ちゃんがいっつも見逃したラグビーの試合を観ているインターネットTVのDAZN(ダゾン)でももちろん観れます

    実はこれ東京オリンピック2020の開催の為に東京有明テニスの森公園が改修工事にかかっているがために、地方都市の中で国際大会開催基準を満たすコートが広島市に出来たということで国内で東京と大阪など大都市でしか観られなかったWTA公認のテニスの国際大会がここに誘致されたんですよ

    つまり観客側からするとまさに千載一遇のチャンスとして地方都市で観ることが出来るテニスの国際大会ということで、また大都市圏での開催とは違って地域カラーや愛が見る側にも選手達にも身近く伝わる、そんな大会になることを期待しているのです

     

    チケットはもちろんウェブサイトでも買えるし、広島はちょっと遠いもんねぇ〜って方はぜひWOWOWもしくはDAZNTV(☜読めんくらい子音ばっかいのアルファベットじゃっど💦)で世界からの華ある女性テニスプレイヤーたちのコートでの熱戦をご覧になってくださいね!!

     

    もひとつ要らんトリビアだけど、女子テニスの海外選手って日本人選手とくらべるとみんなやっぱ「巨人クラスに」大きいですねぇ...でも日本勢にはぜひ頑張ってほしいです!!

    カテゴリ:趣味のスポーツ | 00:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
    ジャンパーシリーズ終了!!
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      6月20日から始まった僕ちゃんの「瞬間移動男(ジャンパー)」シーズンがやっと終了しました

      ということで、羽田空港のラウンジで鹿児島に帰る便を待ちながら、自己満足でこの1ヶ月をまとめたこのブログ記事をしたためたのですが

      6月17日(日)に鹿児島市内で広場場通り戦災鎮魂慰霊の会を無事済ませて18日月曜日はKIC(鹿児島国際化推進協議会)の理事会、そして翌19日は大変お世話になっている重富荘さんの総会を楽しませていただき

       

      翌朝6月20日水曜日の朝一番新幹線で向かった花キューピット大阪支部セミナーと懇親会を皮切りに、21日火曜の朝一番はそのまま新幹線で福岡支部セミナーへと合流させていただき、懇親会まで参加させていただきつつその日の内に帰ってきて翌日22日の金曜日だけは空いていて、このチャンスに当然事務作業のラッシュ状態😅

       

      ってか、まともにこの記事の日にちを読んでたら、こんがらがってがられるっでがらないでくださいね?!(日本語:混乱して怒られそうですが、怒らないでくださいね)

      チュウラ・チュゥラチュラチュラチュラチュララ♪チュラチュウラッチュラチュウラァラァ〜♩てなもんで

       

      貴重なその金曜日の一日はずーっと(ジム作業ではなく本当の)事務作業をし続けながらも密かに次の国外瞬間移動(ジャンプ)の準備も進めてーの、土曜日はひたすら眠りぃ〜♪日曜日もそのままねむるぅ〜♩...みたいな

      これまた貴重な鹿児島での夜には在庫がなくなってきたフルーツ酵素を仕込んでおいて、発酵させてペットボトル詰めまで終わり、一晩明けたら翌朝は朝7時に、大社長将軍様に自宅まで迎えに来てもらって、そのまま「JALで行くの伊丹空港♩(☜ここもロシア民謡「一週間」の替え歌で読んでください)」

       

      半年前から予定をしていた仲良し4人組での神戸と有馬温泉(麻雀大会?)旅行へとジャンプしたのでした

       

      この時点で僕ちゃんはこのまま有馬温泉からの羽田空港、からのモロッコ出張と直結で13日間の旅だったのですが、僕ちゃんが手にしている荷物の少なさを見ながら「そぉんだけぇ〜?!」みたく、みな感動してくれていたのでした(まあ、どうでもいいことですが...)

        

      そして有馬温泉の余韻も温泉の暖かさもさめやらぬ25日月曜日の朝から羽田国際空港発で合計16時間のフライトでパリ経由のモロッコ(北西アフリカです)へ到着...そして僕ちゃんらしくなく、みっちりカンファレンスに集中してまたエクスカーションではお花の遠隔地配達の世界ネットワークの仲間達ともちゃんと懇親を深めーの

      でも帰りの予定日7月1日にモロッコを出国してパリに向かうはずのエールフランス便はオーバーブッキング(席数より多く予約を取っていて)でモロッコに1泊足止めの上に、パリからの乗り継ぎ便のJAL便は数日満席ということで急きょANA便に振り替えて東京にやっと帰り着いた7月3日の翌日4日はまた終日、日本フラワー会館での経営会議でした

      そしてこの東京会議ステイの翌日5日は今度は福岡の花市場で花キューピットの九州ブロックエリアの各県支部長会議ということで、朝から娘に無理を言って福岡空港から福岡花市場までおくってもらいーの

       

      でも福岡でのこの会議の後はそのまま福岡で久しぶりにプロラガーとしてジャパントップリーグで頑張っている裕策さんとも、そしてもうすぐ1歳を迎える2番目の孫とも一緒にみんなでお昼と夕ご飯を美味しく食べて、結局雨の中を博多駅までまた送ってもらって鹿児島に帰ってきたのでした

       

      そして週末だけ一度鹿児島に帰ってきたら、もう机の上は事務作業が山積み状態でひたすらこれをこなして、夜中は次の週中で開催される大先輩たちとの「一木会」の段取りだけさせていただき、また週明け7月9日からは今度は大阪経由での「西日本豪雨」直後の高知龍馬空港へと向かったのでした

        

      そしてまた真剣勝負のセミナーとその後の高知の皆さんのホスピタリティ溢れる懇親会と続き、翌11日は朝7時の出発で同僚で高知ご出身の梅原理事さんの運転で助手席に乗せていただき約3時間ほどで四国山脈を越えて、まさに災害の傷跡が一番ひどい状態の愛媛県入りしました

       

      途中ずーっと清流の横を走り、愛媛市内を突き抜けてそのまま今治市街地を通り「しまなみ海道」にちょっとだけ乗ってセミナー会場である「千年松」さんでの真剣なセミナー、そしてまた今治市内に戻っての夜遅くまでの懇親会...災害復旧がこれからだというタイミングであるにも関わらず、また愛媛のみなさんのその暖かいおもてなしにも感激😢

       

      そして翌12日の朝にはまたまた愛媛空港から大阪経由で鹿児島に戻って、そのまま先日段取りしておいた「一木会」の夏の懇親会で夜はそのまま天文館キャディのみなさまのお店へとお礼参りにまわって、お家に帰り着いて寝る瞬間は「ここは今どこ、私は誰?!」みたいな感じでした(さりげなくずっと鹿児島にいたかのように皆さんより先に会場に到着し)

       

      でもって連休週明けの17日は朝7時30分鹿児島発のANA便で東京経由からの秋田入りで東北3県シリーズに突入!!

        

      そして秋田でもみっちりセミナーさせていただいてーの翌朝18日一番でJRで岩手の盛岡に移動して、盛岡駅からなんだかちょいゴージャスな観光バスみたいなのに乗せられて約20分強ほど走って岩手セミナーの会場の「つなぎ温泉 御所湖畔 紫苑(しおん)」さんでのみっちりセミナー

       

      その後はもちろん素晴らしい懇親会と2次会までお付き合いさせていただき、その後はしっかりとここの温泉を体験させていただきーの

       

      翌朝19日は、また朝一でバスに乗って盛岡駅に戻りそのまま仙台市の宮城支部セミナーへと瞬間移動、でも駅弁だけは絶対にもれなく買って社内でたべーの、僕ちゃんのある限りの少ない集中力を全投入して役割を果たさせていただきました

       

      そしてまた美味しい東北のお料理もお腹いっぱいにいただいて、またその翌朝には今度は大阪(伊丹空港)経由でプロペラ機乗り継ぎで週末だけの鹿児島に一度戻りーの、週末はたまった事務作業をこれまた超高能率瞬間作業でやりぃの♪日曜日は死んだように眠るぅ♩チュラチュラチュラチュラチュラチュララ♩チュラチュラチュラチュラァラァ〜♪ 

      仕上げの月曜日の23日はまたANAで行くの上京でぇ♩2日間のみっちり打合せと会議ぃ〜♬

      またしても自分の身体(からだ)ぁ、どこにいるのかまるでわからん、チュラチュラチュラチュゥラァラァー♩

      東京の会議開始の前に一度、「気持ち」「身体のGPS機能」そしてもともと質の良くない「脳みそ」をリセットしてと!

       

      手帳で再確認すると、6月20日から鹿児島→大阪→福岡→鹿児島→大阪(神戸)→東京→パリ(おフランス)→モロッコ(アフリカ大陸)→パリ→東京→福岡→鹿児島→高知→愛媛→鹿児島→秋田→岩手(盛岡)→仙台(宮城)→鹿児島→東京→鹿児島という7月25日までの瞬間移動なのでしたぁ

       

      ってなことで自分のためにこのシリーズの経過日程をまとめてみましたが、僕ちゃん今回のこの初夏のジャンパーシリーズ2018で結局、約1ヶ月間で45,000キロを移動したということなのです...自ら振り返って、ありえんほどの瞬間移動だったなぁち思うとです

      カテゴリ:趣味のスポーツ | 04:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
      悠々晴れの日
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        6月の第一週末はまからずやの誇るフラワーデザイナー、そして自称「中間管理職」ゆーちゃんの島津重富荘でのウェディングレセプションの日でした

         

        この日は大安吉日の日曜日ということで当然、まからずやのスタッフたちももんのすごいお仕事の量を抱えながらのこのレセプションも準備をするということだったのですが...

          

        まずは夕方からちょうどいい感じのお天気になり、ここちよいそよ風も吹く中ガーデンレセプションがスタート!! 楽しく美しくそしてとっても可愛い演出もあり、本当に楽しかったです

         

        最高の解放感と厳かな歴史も感じる島津重富壮のお庭パーティでの「チームまからずやの面々」みんなそれぞれ才能にあふれる素敵なメンバーなのです

         

        前夜も深夜までデザインしながら、また余興のデモンストレーションの打合せまでずーっと準備をしていたうちのスタッフたち...いっつもムードメーカーとして全員を鼓舞してた間には厳しく、そして優しくみんなをリードして入れている、心からお花を愛するゆーちゃんに対する気持ちを、この会場装花でも100%以上表現していたのでした

         

        それにしても絵になるこのデコレーション、流し(横長テーブル)でのゲストテーブルはなんだか宮家のレセプションのようでとっても素敵ですねぇ!!

         

        まからずやのスタッフとOG,OBたちまで力を合わせていままできーちゃんが頑張ってくれたことへの大きな大きな感謝の気持ちを込めて、この前夜も遅くまで一生懸命に頑張っていました

         

        ボーッと一人でテーブルに座って美しいウエディング装花に見入るおじーいさん、そして素晴らしい披露宴の途中もとっても素敵な笑顔を見せ続けてくれた素敵なゆーちゃんとゆーくんのカップル、こっちまで幸せな気持ちになれてしまうのです

         

        途中、鹿児島大学在学中にまからずやで一生懸命頑張ってくれた3人の若き「まからずやグローバルスタッフ」たちのオーストラリアとアメリカ、そしてこの夏からスロバキアへと留学するシバちゃんからのサプライズのビデオレターも素敵でしたぁ

         

        お二人がますます幸せで素晴らしい笑顔にあふれるご家庭を築いていかれ、両家がますますご繁栄され続けることを心より祈念するのです

         

        ということで今は瞬間移動中で東京のホテルでこのブログをしたためつつ、明日朝鹿児島に移動してからの真剣かつ怒涛と恐怖の理事会・総会シーズンに突入する僕ちゃんなのです

        カテゴリ:趣味のスポーツ | 08:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
        火星(マーズ)ではなかったイタリアンヒーロー
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          先月4月18日(アメリカ現地時間)に「人間発電所」のニックネームで日本のプロレス界でもジャイアント馬場さんの大親友としても有名だった「ブルーノ・サンマルチノ」氏が82歳でなくなったとのニュースが流れました

          僕ちゃんが小学校4年生の頃に初来日して、馬場さんと名勝負を繰り返していたのを本当に懐かしく思い出します(プロレスラーとして全盛期当時で身長182センチ体重120キロだったブルーノサンマルチノ氏)

           

          親友であったジャイアント馬場さんとはレスラーとしてデビューしたのが1年しかからわないこともあり(サンマルチノ氏は1959年、馬場氏は60年レスラーデビューです)馬場氏がアメリカでトレーニングサーキット(武者修行)をしていた1961年にアメリカで出会ってすぐに親しくなったのだそうです

           

          サンマルチノ氏自身はイタリア人、それが故アメリカのプロレスファン層にとても多いイタリア系アメリカ人から絶大なる支持を受けており、日本プロレスが分裂後もその人気を背景に親友である馬場氏の全日本プロレスのリングにだけ上がり続けた「人間発電所」ブルーノ・サンマルチノ選手だったのです、そしてイタリアンだったのに、彼の決めワザは「カナディアンバックブリーカー」でしたよね?!

          MSGというのはマジソンスクエアガーデンのことです、彼はWWWFチャンピオンとしてMSGのリングにあがり続けて「MSGの帝王」と呼ばれたのです

           

          日本に初来日した時に大きな馬場さんが窮屈そうに日本車に乗り込むのを見て自分自身のキャデラックを船で送ってジャイアント馬場さんにプレゼントした話はあまりにも有名なのですがその後、馬場さんはその心意気をかって生涯サンマルチノ氏がプレゼントしてくれたキャデラックの色・型を買い続けて乗っていたのです...涙が出るくらい素敵な話ですよね?!

           

          今の時代「ブルーノ」といえば、「ブルーノマーズ」ですが、プロレス界にもこんな素敵なイタリアーノがいたのです、きっと今頃は天国でまた馬場さんと再会を祝してあのニヒルな笑顔でチンチン(乾杯)していることでしょうね! 心よりご冥福をお祈りするのです

          カテゴリ:趣味のスポーツ | 02:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
          タモルデブルハシル
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            東京でのフラワードリーム2018の開催された4月の半ばくらいから、昼食時間がとれなかったりとかで結局ため食いするパターンがつづいて体重が2キロほど増えちまってました

             

            お昼ごはんが飛んでしまい、その次の食事を食べ始めると恐ろしい量を際限なく食べてしまう僕ちゃん...

              

            結果、ダイエットトライの回数だけはかなり自慢できるのですが、学習能力のなさがこれまた素晴らしく太ってはストイックに急な食事制限をしてみたり運動をしたりーので身体をいじめてしまうのです(何といってもM-styleですから)

            するとデブは数値的には減量の分母となるもとの体重値が大きいので意外とすぐウェイトは落ちた気になって、また調子に乗ってしまうとです、実際僕ちゃんのように体重ほぼ80キロの人にとっては2キログラムくらいは誤差の範囲ですもんねぇ...

             

            そしてまた食べてしまうと身体が大きくなって...

            そしたらまた走って筋活したりして、筋肉痛になって「でも幾つになってもやっぱり筋肉をつけなきゃならんよねぇ、だから動物性タンパク質を摂取せんないかんよねぇ」と言いながら、やんにー(焼き肉)と白ごはんおかわりして3杯をガッツリ食べてしまう

             

            体重をコントロールするために走る、というよりやっぱり僕ちゃんのばやいは「食べるために走っている」ような本末転倒スパイラルのようなきがしてならんとです悲しい

             

            カテゴリ:趣味のスポーツ | 08:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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